不易流行 〜インドのファッション&ビューティ〜

FASHION & BEAUTY in INDIA/インドの多様性を映す民族衣装サリー情報をはじめ、昨今のファッションやジュエリー、コスメティクスのトレンドをご紹介。

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    I will soon publish the videos and photos taken by the photographer. Look forward to it!

    🇯🇵Bollyqueの二人に、京友禅サリーを着て踊ってもらうことにしていた。せっかくなので、カメラマンに来てもらい、写真と動画を撮影することに。プロの作品は近日中に公開予定。お楽しみに!

    着付けに着替えにダンスにと、みな汗だくになりながら、熱血の数時間だった。身体の節々が痛い夜。

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    お気に入りのホテル、Oberoiで優雅なランチタイムを過ごしたあとは、もう一つのお気に入りのホテルである、Taj West Endへ。これまでも幾度か紹介したサリーのブランド「Mrinalini」のオーナーである友人のYashoから、案内をもらっていたのだ。

    そう。再び、同じ名前のYasho(正式にはYashodhara)である。実は昨日、わたしは3人のYashoと、ご縁があった。

    Joy Bimal Royが、古いサリーを甦らせるプロジェクトを始める契機となった妹の名も、またYashodharaであった。

    サンスクリット語で「栄光の担い手」を意味するYashodhara。日本語で 耶輸陀羅(やしゅだら)と呼ばれるYashodharaは、釈迦が出家する前、つまりシッダールタ王子だったころの妻の名前でもある。美しい名前だ。

    Mrinaliniのコレクションは、いつもながら、「選び抜かれた高品質のサリー」が揃っている。たとえば、同じVaranasi Silkでも、織りが精緻で、滑らかな生地。心地よく身を包んでくれそうなサリーが並んでいる。うっとりするような美しさだ。
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    Yashoが着ている絞り染めのサリーはまた、透明感のある羽衣のような軽いもの。エレガントなYashoによく似合う。

    わたしが以前、Mrinaliniで購入したときの記録と写真も添付しておく。なお、この展示会は本日も午後7時ごろまで開催されている。関心のある方はぜひ、Taj West Endへ!

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    ◉Mrinalini
    https://www.mrinalini.co/

    🇮🇳インドはお祭りシーズン序章。またしてもサリーの海へ。
    Mrinalini. A platform to help handloom weavers across the country.
    https://museindia-bxdri.wordpress.com/2021/09/19/saree-1-3/

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    昨日は、Ambaraでの展示会に参加した後、すぐにOBEROI ホテルへ赴く予定だった。ところが、AmbaraのオーナーであるJayaが、ナーサリーの裏庭にオープンしたカフェでランチをと勧めてくれる。せっかくなので、「軽めのものを」と、サラダやラザーニアなどを少しずつ、試食させていただいた。

    どれも心がこもったアットホームな味わいで、おいしい。売られているパンも魅力的。日本の食パンをイメージしたらしき「北海道パン」を購入し、先ほど朝食に食べた。これもまた、柔らかく、ほんのり甘く、おいしかった。

    このごろのバンガロールは、アルチザン・ブレッドを提供するベーカリーが続々と誕生して、おいしいパンに不自由しない。かつて自分でパンを焼いていたころが、前世の記憶のように遠い。

    その後、バンガロールでffolioというすてきなブティックを経営しているYashoと会うためにOBEROI へ。1991年に創業したffolioは、バンガロールのファッションを語る上では不可欠なセレクト・ショップ。インド各地のファッションブランドの服が、ヴァラエティ豊かに揃っている。わたしもインド移住当初からしばしば訪れてきた。

    OBEROIのフレンチレストラン。緑あふれるテラス席で、お互いのバックグラウンドを語り合いつつ、楽しいひととき。彼女から聞く、インドのファッションの変遷の話も極めて興味深く、次回は取材をさせていただきたいとも思った。

    わたしのソーシャルメディアをご覧になり、わたしのミューズ・クリエイションでの活動や、サリーを身に纏っている様子に関心を持ってくださった彼女。今後、日本とインドの高品質な手工芸品や嗜好品などのプロジェクトを協調しようとの話がまとまった。

    来年、新しいことを始めるための弾みがついた午後だった。その前に、日本へ一時帰国して、わたし自身が日本再発見の旅をせねば……との思いを強くしている。桜の季節にでも帰ろうかな🌸

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    🥪追記/かつて、インドのカフェレストランといえば、「クラブハウス・サンドイッチ」が定番だった。インドの人は「温かい料理」を好むので、サンドイッチもホットなクラブハウスが人気なのだ。久しぶりに注文したところ、ヴォリュームたっぷり、具がたっぷりの豪華な一皿が供された。おいしい。

    ◉Ambara
    The lifestyle & apparel Store is a space for Indian creativity in textiles, apparel, art & craft, housed in a vintage bungalow with a garden and cafe.
    https://www.instagram.com/ambara.bangalore/

    ◉ffolio
    South India’s first Design & Fashion space in the heart of Bangalore!
    Curating local craftsmanship & designers for 3 decades
    https://www.instagram.com/theffoliostore/

    ◉Breadtime Stories
    https://breadtimestories.in/

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    インド生活18周年を迎えた昨日、11月10日。わたしにとっては、サリーとファッションの一日となった。

    先日、行きつけのブティックAmbaraのオーナーであるJayaから連絡があった。「A Touch of Joy」の展示会で販売するサリーを、当日、着てもらえないかということだった。サリーのよさは、広げて着用してみて初めてわかる。モデルの一人に選ばれたことがうれしいくて、二つ返事でOKした。

    デザイナーは、ムンバイ在住のJoy Bimal Roy。彼の父はベンガル映画監督として国際的に著名なBimal Roy。彼の母はインドにおける女性写真家の先駆けでもあるManobina Royだ。Joyが、古いサリーを甦らせるべくプロジェクトを開始したのは、2年前に癌で早逝した妹のコレクションである数々の良質なサリーを、友人たちにシェアしたことが契機だった。

    ヴィンテージ・テキスタイルには、現在では見ることのできない職人の技が息づいているものが多々ある。それらの不具合を直し、あるいは複数の異なる織りや染めの布、ボーダーを組み合わせ、約5メートルの一枚布に蘇らせる。

    サリーの「アップサイクル」とも銘されたこの「A Touch of Joy」の取り組みは、個人的にも非常に関心がある。早速、彼のサイトを検索し、作品の数々を見る。いずれも「懐かしさ」を感じさせる気品が漂う。中でも真っ先に目に止まったサリー。これがいいな……と思いつつ、展示会の前日、Ambaraに立ち寄ったところ……。あった! 

    当初はあくまでも、好きなものをお借りして羽織る予定が、即購入。唯一無二は「欲しい」と思った瞬間に買わねば、2度と出合えないからだ。渋めの色合いながらもゴールドが華やかさを添えている。昨日はゴールドのネイル・エナメルを施してコーディネートした。

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    Joyのご両親と妹は癌で亡くなったとのことで、彼はこのプロジェクトの収益を、拠点であるムンバイにあるホスピスに寄付するのだという。ホスピスといえば、ミューズ・クリエイションの活動で、過去幾度か訪れたホスピスが、本当にすばらしい。実はJayaのご家族の一人は、そこで最期の日を過ごしたという。そのケアのすばらしさを、家族として、彼女は力説していた。わたしも、強く共感したのだった。

    施設を訪れた際、「病気で死ぬなら、ここで死にたい……」という同行メンバーが数名いたことを思い出す。

    サリーについても、ホスピスについても、書きたいことが募るが、今日もまたこれから外出。他のゲストが着用したサリーの写真なども含め、シェアしておきたい。サリーバンクに寄付されたサリーが蘇るまでのストーリーに関心のある方は、ぜひとも以下のリンクをご覧ください。それぞれのサリーの物語も記載されています。

    ◉Touch of Joy’s Saris
    https://artisanscentre.com/collections/saving-saris-making-memories

    ◉無償で緩和ケア。ホスピスが救う患者の尊厳と家族の未来(4回の訪問記録/必読)
    https://museindia.typepad.jp/mss/the-bangalore-hospice-trust/

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    “Joy Roy’s heartening endeavor of resurrecting vintage sarees stems from him upcycling some of his late sister, Yashodhara’s sarees for her friends who asked for a keepsake of her. Yashodhara had a prized collection of handcrafted sarees, enjoyed wearing sarees, and was admired for her choice of sarees as well as the grace with which she draped them. Working on some of his sister’s sarees, Joy realized he had a gift for and a love for reconstructing vintage textiles. This inspired him to team up with Radhi Parekh, Founder Director of Artisans, a gallery in Mumbai, to take the initiative of revitalizing heritage textiles further.

    Artisans created a Saree Bank for anyone wishing to donate a vintage saree and Joy began putting together a collection of beautifully designed collectibles. The label was christened ‘A Touch of Joy’ – an appropriate play on Joy’s name. The project truly lives up to its name as heritage sarees are given a new lease of life.”
    “It is like working on a jigsaw puzzle”, says Joy Bimal Roy, a Mumbai based aesthete with a passion for textiles, about his process of revitalizing vintage sarees. Combining one saree with the pallav of another and borders from others – Gadwals, Kanjeevarams, Kanthas, Tangails and Dhakais long packed away and forgotten are given a new lease of life, quite transformed as the designer has ingenuously combined different textiles and given the erstwhile traditional weave a new elegance.” (Ambara’s Facebook)

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    🇮🇳In the first photo, Ashdeen is holding a Kyoto Yuzen saree. I am holding Ashdeen’s Saree named “KYOTO”.
    🇯🇵1枚目の写真。Ashdeenが持っているのは京友禅サリー。わたしが持っているのは「KYOTO」と名付けられたAshdeenのサリー。

    * * * *

    I was able to meet Ashdeen because Laila Tyabji wrote about me on her Facebook and Instagram. Thank you!

    * * * *

    (I nearly always write in Japanese, and the auto-translation is often incorrect and misleading.)

    インドでは、日本に比べると家族や親戚、友人知人との繋がりや絆が強い。宗教やコミュニティなど、多様性にあふれているから、自分たちの伝統や文化を守るために、血縁を尊重する。

    一方で、異なる背景を持つ人たちと共存していくためには、言葉少なに憶測や忖度で、通じ合うことはできない。交流や対話は、インド世界を紡ぎ続けるうえで、最も大切な事象だ。

    さて、今回のデリー旅では、そんな「人と人との繋がり」と「ソーシャルメディアの力」を強く感じさせられた。

    デリー旅の5日目、わたしはDASTKARの創始者のひとりであるLailaにお会いした。彼女がすぐに、わたしのことをご自身のソーシャルメディアに投稿してくださったことは、すでに記した通りだ。

    その投稿を、わたしが3日目に訪問していたパールシー刺繍店Ashdeenの創業者であるAshdeenが見て、わたしのInstagramを確認。わたしが店舗を訪れた際の記録を見た彼から、即、メッセージが届いた。

    わたしが手がけている仕事に関心を持ち、会いたいと連絡をくださったのだ。彼のその作品を見ても察せられる通り、Ashdeenは日本にも強い関心をお持ちだ。

    次回のデリー訪問時に、わたしの方からお会いしようと打診をする予定だったが、先方から連絡を受けたとなると話は別。市場調査という名のショッピングは返上して、Ashdeenを再訪したのだった。

    絵画などの芸術品と同様、パールシー刺繍のサリーもまた、その背景となる物語をお聞きするのとしないとでは、作品に対する見方が大きく変わる。

    パールシーのコミュニティや、刺繍の背景については、わたしも多少の知識はあるが、Ashdeenの説明は、初めて知ることばかりで、本当に楽しく興味深い。今度は動画を撮影しながら、改めてじっくりとお聞きしたいと思わされる。

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    パールシーとは、今から1000年以上前に、ペルシャ(現在のイラン)からインドに移住したゾロアスター教徒のこと。西暦651年に、イスラム教徒から迫害された彼らの末裔は、やがて西インドのグジャラート州に辿り着いた。

    ペルシャから運ばれた神聖な火を崇めることから、拝火教とも呼ばれる。寺院には、ゾロアスター教徒以外は立ち入ることができず、基本的には同族との婚姻が一般的。インドにおいて、極めて少数派の宗教ながら、タタ財閥を筆頭に、社会的に影響力が強いコミュニティでもある。

    タタ財閥の創始者であるジャムシェトジー・タタが綿貿易会社を創設し、神戸を拠点に日本とインド間の貿易を始めたことなど、歴史的な背景についても坂田のセミナー動画で触れているので、関心のある方は、ぜひご覧いただきたい。

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    パールシー刺繍に話を戻す。

    かつて世界史に出てきた「三角貿易」の話をご存じだろうか。主に17〜18世紀にかけて、英国により展開された貿易構造のことで、3つの国や地域が関係する大西洋での貿易を指す。

    Ashdeenは、自分の出自を探るべく、イランや中国を旅し、パールシー刺繍についての研究をしてきた。彼によると、英国、インド、中国(清)が、綿織物、茶、阿片(アヘン)の取引をしていた時代、パールシーの商人たちは、広東に赴き、積極的な貿易をしていた。

    中国の精緻な刺繍(汕頭/スワトウなど)を目にした当時の貿易商らは、妻たちのサリーに刺繍を施すことを思い立つ。インドから約5メートルの絹布を持ち込み、広東の職人に刺繍を施してもらい持ち帰る……。

    艶やかな刺繍のサリーは、瞬く間にパールシー女性たちの心を惹きつけた。やがて男たちには任せられぬと、女性たち自ら広東へ赴き、自分たちの好みを伝え、パールシーと中国の「折衷」デザインが誕生していったという。主には、サリーの両端に施すボーダー部分の刺繍物が普及したようだ。

    あまりにも興味深い話ばかりで、書きたいことが尽きぬ。背景はこの辺にしておこう。

    Ashdeenの説明を受けながら、中国の伝統や自然、言い伝えなどが反映された見事なサリーを眺める。一つ一つのモチーフに、物語がある。2012年にAshdeenを創業した当初は20人程度だった職人が、今では200人ほどにも増えているという。

    作品の大半が、ベンガル州出自の職人たちによるもの。フレンチノットと呼ばれるベンガル州の特徴的な刺繍が施されたサリーもあり、関心も話も尽きない。

    最後に、ぜひAshdeenに見せたいとお持ちしていた「京友禅サリー」を広げる。その麗しさに、彼も感嘆していた。

    「これは、丹後縮緬(たんごちりめん)と呼ばれる絹布です」と説明すると、Ashdeenが反応した。

    「チリメン? 」

    中国で彼らが購入するジャカード織やクレープ素材の絹布は、ChirminとかChrimenと呼ばれているらしい。中国から日本に流れた絹織物の技術や伝統が、日本の技を取り込みながら育まれ、再び中国へ流れて「チリメン」と呼ばれることになったのだろうか。

    インド生まれの絞り染め(Bandhani Tie-Dye)が、日本流に育まれ、やがて「Shibori」として、インドに逆輸入されたのと、同じような経緯だ。日本とインドにおける絞り染めについても、ブログにまとめているので、ぜひご一読を。

    京友禅サリーの黒いポルカドットを見ながら、「グジャラートの言葉で、ポルカドットのことを、カンダ・パペタ (Kanda Papeta) というんです」とAshdeen。どういう意味なのかと問えば、「オニオンとポテト」なのだとか。かわいい🧅🥔

    短時間ながらも話は弾み、京友禅サリーとAshdeenとのコラボレーションも、実現できそうだ。まずは、12月2日と3日に計画しているバンガロールでの展示会を端緒に、少しずつ、イヴェントを企画しようと思う。

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    🇮🇳🇯🇵インドで生まれ、日本で育ち、再びインドへ。歴史豊かな絞り染めの世界。
    Born in India, raised in Japan, and now back in India. The history-rich “Shibori”.
    https://museindia-bxdri.wordpress.com/2021/09/15/shibori-2/

    【インド・ライフスタイルセミナー】
    ●パラレルワールドが共在するインドを紐解く/セミナー動画
    ①多様性の坩堝インド/多宗教と複雑なコミュニティ/IT産業を中心とした経済成長の背景/現在に息づくガンディの理念

    ②「広く浅く」インドの歴史(インド・パキスタン分離独立)/インドの二大政党と特筆すべき人物/テロが起こる理由とその背景

    ③明治維新以降、日本とインドの近代交流史〈前編〉人物から辿る日印航路と綿貿易/からゆきさん/ムンバイ日本人墓地/日本山妙法寺

    ④明治維新以降、日本とインドの近代交流史〈後編〉第二次世界大戦での日印協調/東京裁判とパール判事/インドから贈られた象/夏目漱石

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    市場調査の一環として、あるいは自分のショッピングが目的で、デリーを訪れるたびに立ち寄ってきたDLFエンポリオ (Emporio)モール。

    バンガロールのUBシティを含め、インド都市部に続々とショッピングモールが誕生した十数年前。ムンバイのPalladium Mallは2007年、DLFエンポリオは2008年に開業している。インドの経済が急伸し、ライフスタイルやトレンドが激変していた時期だ。

    DLFエンポリオは、隣接する他のモールとは一線を画し、海外の高級ブランドのブティックが並ぶ。また上階は、当時人気の高かったTarun Tahilianiをはじめとするインド・デザイナーズの高級ブランドの店舗があった。

    結婚式をはじめ、社交やパーティの多いインドでは、「ハレの日のファッション」の需要が高い。衣類、ジュエリー、小物類などの店を巡りつつ、インドのファッション事情を垣間見ることができるのだ。

    わたしはオープンから1年余りが過ぎた2010年に初めて、このモールを訪れた。当時の記録もまた、ブログに残している。

    🇮🇳

    今回の旅は、人にお会いし、家の片付けなどで時間が流れ、買い物などをする時間がほとんどなかった。しかし、インドで最もラグジュリアスなモールであるところのDLFエンポリオだけは、どうしても見ておきたく、ランチのあと、足早に巡る。

    京友禅サリーのプロモーションに際しても、参考となる情報が多いからだ。

    あちこちに目を走らせ、足早に巡っていたところ、すてきな服を見つけるなどし、ついつい試着。あれこれ試着。

    かつては、艶やかなプリントのサリーを中心に販売していたブランド、Satya Paul。わたしの、青い鶴のサリーは、14年前にSatya Paulで購入したのものだ。

    今や、まったく別のブランドのような品揃えながら、好みに合う服があれこれと。また改めて紹介したい。

    今回は、店頭をさらっと撮影し、ブランド名と傾向をアップデートするにとどめた。10年ほど前は写真撮影が禁止されていて、調査の際の資料収集に苦労した。

    しかし、スマートフォンが普及し、ソーシャルメディアが広告塔のひとつとなった昨今、撮影OKの場所も増えたため、情報をシェアしやすくなった。無論、店内は写真撮影ができないところもあるから、確認が必要だ。

    [Delhi] 超高級モール見学/日本食の昼、韓国食の夜。(2010/02/04)
    https://museindia.typepad.jp/2010/2010/02/my-entry.html

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    (日本語は下部に)
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    I met Laila Tyabji yesterday, one of the founders of Dastkar. I was very happy to have my wish come true!! I had the opportunity to interview her about her relationship with Japan and the background of the founding of Dastkar. I will soon be editing the video and uploading it to my YouTube channel. I will announce it again, so please watch it then.

    “Dastkar is a private not-for-profit NGO established in 1981, working to support traditional Indian craftspeople, many of them women and village based, with the objective of helping craftspeople regain their place in the economic mainstream, in a country where the craft sector is second only to agriculture in providing employment.” (https://www.dastkar.org/)

    Immediately after I got an appointment to meet with her, I officially became the promoter of the Kyoto Yuzen Saree. I thought this was excellent timing, so I brought two Kyoto Yuzen sarees which reflected Japanese craftsmanship. I asked her to wear one of them. She wore it over the saree she was already wearing, and the colors were perfectly matched!! She is very beautiful….

    I was wearing an ikat (kasuri kasuri) saree from Orissa, which I purchased more than 10 years ago in Dastkar! It is an artistic piece of clothing created by highly skilled craftsman. In fact, Laila is also wearing an ikat from Orissa.

    She immediately uploaded my visit to her social media. I am truly grateful to have met her! Thank you!🙏

    🇯🇵デリーを拠点に、ムンバイやバンガロール、チェンナイなどの都市で、「ネイチャー・バザール」と呼ばれる大規模な展示会を開催し続けているDASTKAR。インドの伝統的な手工芸を手がける職人たちが、消費者と直接関われる貴重な場でもある。わたしはインド移住以来、毎年必ず、このバザールに足を運んできた。

    バンガロールでの開催が決まるとすぐに、ミューズ・クリエイションのメンバーにも告知し、買い物ツアーなどを企画したものだ。

    友人のDevikaからも、創始者の一人であるLailaの人となりをお聞きしていて、いつかお会いしたいと思っていた。今回、デリー旅行の日程が決まった直後にDevikaに連絡をし、Lailaとつないでもらったのだった。念願が叶い、本当にうれしい朝だった。

    彼女とお会いすることが決まった直後、わたしは、正式に、京都友禅サリーのプロモーターになった。これは絶好のタイミングだと思い、日本の職人の技術が息づく、2枚のサリーをお持ちした。その1枚を彼女に着てもらった。すでに着ていらしたサリーの上からまとっていただいたのだが、色合いもぴったり。本当にお似合いだ。

    わたしが着ているのは、10年以上前にDASTKARのネイチャー・バザールで購入した、オリッサ州のイカット(絣かすり)。高度な職人の技によって生まれた、芸術的な一張羅だ。ライラもまた、意匠は異なるものの、オリッサ州のイカットのサリーを着ていらした。

    ライラのお父様は、かつてインド大使だった。折しもわたしの生年である1965年から約2年間、一家は東京にお住まいだった。当時ティーンエージャーだった彼女は、東京で開催されていた伝統工芸展で、とある男性に声をかけられる。著名な版画家の吉田遠志だ。彼の父親である吉田博(福岡県久留米出身)は、欧米で芸術活動を展開、インドのシャンティニケタンにも滞在していたことがあり、タゴールとも親交があったという。

    そもそも芸術や工芸に関心のあったライラは、その出会いを契機に、吉田遠志のもとで版画を学び、それが彼女の芸術家としての人生にも大きな影響を与えているようだ。

    ……書き始めると、尽きない。

    昨日、お会いして数時間も経たないうちに、彼女はご自身のソーシャルメディアに写真と真摯な文章をアップロードしてくださった。京友禅サリーに関しても、忌憚のない意見を述べてくださると同時に、コラボレーションを提案してくださった。来年には、DASTKARの会場でのイヴェントも実現できそうだ。

    まずは12月初旬、バンガロールでの展示会を端緒に、来年から少しずつ、積極的なプロモーションを始めたいと思う。

    彼女と日本との関わりや、DASTKAR創設の背景などをインタビューさせていただいた。近々、ビデオの編集作業をしてユーチューブにアップロードする予定だ。また、昨年、ネイチャー・バザールでインスタライブを行った動画をアップロードしている。こちらで会場の雰囲気や臨場感を楽しんでもらえると思う。ぜひご覧ください。

    ◉インド各地から108のヴェンダーが集結。手工芸品バザールDASTKARをレポート
    https://youtu.be/JLE93Mqbkrs

    ◉DASTKARをはじめとする各種展示会を訪れた時の記録
    https://museindia.typepad.jp/fashion/%E5%B1%95%E7%A4%BA%E4%BC%9A%E5%B7%A5%E8%8A%B8%E5%93%81%E5%B1%95/

    ◉Laila Tyabji
    https://en.wikipedia.org/wiki/Laila_Tyabji

    ◉DASTKAR
    https://www.dastkar.org/

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    インダス文明の時代から、サリーはインド亜大陸に暮らす女性たちの身を包んできた。その土地その土地、独自の様式による染色や織りなどの技法が用いられた約5メートルの一枚布は、以来4000年以上、変容を続けながら衣類としての歴史を刻んでいる。

    刺繍や絞り染め、筆画……と、布を彩る無数の技。中でも、インド移住以来、わたしが最も好きなのは、パールシー刺繍のサリー。パールシーとはゾロアスター教徒のこと。歴史的背景を記したいところだが、時間に余裕がないので、今日のところは大きく割愛。

    わたしは十年以上前のムンバイ在住時に数枚のパールシー刺繍のサリーを購入した。お気に入りのそれらは、以来、幾度も繰り返し着用している。
    さて、インドのEコマース(オンラインショッピング)黎明期は今から約10年ほど前。パイオニアであるFlipkartが創業後、さまざまなサイトが誕生したが、中でもわたしが気に入っていたのは、インド各地の「洗練された」伝統工芸が購入できるポータル・ショッピングサイトのJayporeだった。

    創業は2012年。当初はそのサイトを通して、インド各地の工芸品やファッション、インテリアなどを目にし、楽しんでいたものだ。

    わたしがAshdeenのあまりにも精緻で美しいサリーを初めて目にしたのは、このJayporeだった。同じ2012年にパールシー男性であるAshdeenによって創業されたブランド。伝統的なパールシー・ガラと呼ばれる技法を用い、現代のトレンドを映した仕上がりを目指している。以下、サイトからの一文。

    “Our creations amalgamate traditional Parsi Gara aesthetic with a contemporary look. We offer unique and distinctive bespoke designs to suit individual customer tastes and requirements.”

    好みに応じたデザインをも検討してくれる、芸術品のような衣類を販売している。わたしは一度、スカーフを購入した。実は、7、8年前にJaypore経由で鶴が刺繍されたサリーを「着払い」で注文したのだが、配送途中で紛失、警察から問い合わせが来た事件があった。

    たまたま先日、ディワリのパーティで同じような赤いサリーで出席していた、好みが似ているパールシーの友人にその話をしたら、彼女はそれと同じサリーを入手していた模様。さらには、Ashdeenは彼の夫の従兄弟だとのこと。重なる偶然。

    以前から本店を訪れたいと思いつつ、機を逸してきたが、今回、足を運ぶことができた。中国の刺繍に影響を受けたパールシー刺繍は、オリエンタルなモチーフが特徴。どれを見ても、ため息が出る。Ashdeenがデザインした作品は、100人を超える職人たちの手によって、丁寧に丁寧に仕上げられていく。

    最近、販売開始されたインテリア用のスクリーンがまた、圧巻。立体的な鶴の刺繍が、なんとも華麗で美しい。

    まるでアートギャラリーを訪れたあとのような充足感だ。次回はひとりで、ゆっくりと訪れよう。

    次なる我が人生ハレの日……。還暦の誕生日の前には、ここで赤いサリーを注文したい。

    ◉Jaypore
    https://www.jaypore.com/

    ◉Ashdeen
    https://ashdeen.com/

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    インドの伝統的な手工芸世界について、多くの示唆を与え続けてくれる我が友人Devika。2枚目の写真は、先日、彼女のFacebook投稿で目に止まった絵画だ。バイクの周辺に散らばる赤い模様は、ディワリなどで使われる爆竹。Madan Meenaの作品で、タイトルはChildhood Memories – BULLET CHAAP PATAKHA とある。

    他の作品も見たくなり、Madan Meena氏のページに遡った。折しも現在、彼がデリーのインド国際センターで展示会をしていることを知り、足を運んだのだった。

    アーティストであり研究家、キュレーターでもあるラジャスターン州出身の彼。故郷コタをはじめとする農村の人々や遊牧民、部族のコミュニティと幅広く関わり、調査を続けているという。彼らのアイデンティティや伝統を守るべく記録を残し、書籍も出版するなど、幅広い活動をされている。

    ギャラリーを訪れたところ、幸いにもご本人がいらした。話を伺いつつ、作品を眺める。

    今回のエキシビションのタイトルは、「Wondering Connections」。不思議なつながり。数奇な縁。

    たとえば、アジュラークと呼ばれるインドでも最も古いハンドブロック・プリント。16世紀の大航海時代以降、日本に伝わった「インド更紗」のひとつでもある。そのアジュラーク発祥と伝播を伝える「地図」を絵画的に仕上げた作品や、ジャイプールの、やはり「地図」をモチーフにして、伝統工芸発祥の地をポイントしたものなどは、極めて興味深い。

    あるいは、故郷を彩る無数の樹木を丁寧に描き、細密画のアーティストとのコラボレーションで一つの作品に仕上げたものなども、絵画に込められたメッセージがストレートに伝わってきて楽しい。

    劇的に変容する現代社会の中で、自然や動物、あるいは古来からのテキスタイルや地図をモチーフにしながら、ノスタルジアを「モダンな手法で」具現化する。これもまた、不易流行。人々の心に眠る「ヒラエスHiraeth(ウェールズ語で「望郷」「郷愁」「憧れ」「もう帰ることができない懐かしいもの」を意味する)を刺激する。

    これまでは、インドの伝統工芸の世界を眺めるとき、あくまでも「個人的な趣味と関心」で完結していた。しかし、「京友禅サリー」のプロモーターを引き受けたことで、日本とインドが共通して抱える課題(麗しき伝統の継承)について、より深く捉え、能動的に未来へのアプローチを考えねばと思うようになった。世界は示唆に満ちている。

    書きたいことは募るのだが、時は迫る。

    昨今ではインドにも店舗を持つMUJI(無印)のノートに、手描きの絵画が施されたものを1冊購入した。大切な記録を残すノートにしようと思う。氏のインスタグラムをぜひご覧ください。

    さらには、関連する情報がたっぷりの下記動画も、ぜひご覧ください。

    Madan Meena

    https://www.instagram.com/madan4meena/
    https://kynkyny.com/madan-meena-biography/
    http://www.kotaheritagesociety.in/

    【インド発、世界】 🇮🇳🇯🇵数千年の歴史あるテキスタイルが新たな感性で蘇る。 若手が担うインドの伝統的な手工芸。絣(かすり)や絞り染めなど、日印に共通する技術も。

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    デリーに来ると、「歴史の重さ」に圧倒される。家にいても、外に出ても。

    パパの他界直後の大掃除では手付かずだった写真や書類の整理をしようと、埃かぶったアルバムなどを取り出す。モノクロの写真に、インドの歴史が映し出される。40代で慢性白血病を発症した実母の、圧倒的な日記に絶句する。

    これはもう、さらっと片付けられるものではない。後回しだ。

    昨日は夫と二人で外出。まずはコンノート・プレイス界隈へ。今回の旅で大切なミッション、それは夫の寝間着用の「パジャマ&クルタ」を買うこと。英語で「パジャマ」とは寝間着を意味するが、これはヒンディー語でズボンを意味する「パージャーマー」から来ている。ゆったりとしたインドのズボンを、英国統治時代に英国人が寝間着として着用していたことから、寝間着全般をパジャマと呼ぶようになったらしい。

    つまり、パジャマとはズボン、クルタとは上着のことだ。夫は子供のころから、白いパジャマ&クルタを寝間着として着用しており、他の一般的な寝間着では寝られない。パパの存命中は昔ながらのお店から購入し、バンガロールに来るたびにお土産として持ってきてくれていた。

    パパがいなくなり、白かったはずのパジャマはすべて、薄ら灰色となり、ところどころ破れたりもしているものばかり。新しいものをネットなどで注文するも、お気に入りの銘柄でなければ、どうもよくないらしい。何度か購入&返品を繰り返した末に、妻は匙を投げていた。

    そんな次第で、パパが行きつけだった衣料品店へ趣き、どっさりまとめ買い。これで向こう何年かは必要ないだろう。

    その後は、マルハン家やミューズ・クリエイション(NGO)がお世話になっている会計士事務所を訪れ、長いお付き合いの会計士氏にご挨拶。外国人としてのわたしが、この国で仕事をする上での、気をつけねばならないことなどを、改めて確認する。どんなに長く暮らしても、我は外国人であるには変わりなく、最新の情報をアップデートしておく必要がある。初心を忘れてはならないなと思う。

    会計士事務所のそばに、The Shopがあったので立ち寄る。このお店のハンドブロック・プリントのテキスタイルはとても魅力的。数は少ないもののメンズのクルタやシャツもある。寝間着ではなく、外出用にすてきなクルタを発見したので購入。

    買い物が好きではない夫。バンガロールではほとんど衣類を買うことがなく、年に一度のニューヨーク旅でまとめ買いをしていた。しかし、ニューヨークへも、3年訪れていない。ゆえに久々のお買い物なのだ。

    その後は、インド門を経由して、カーン・マーケットへ立ち寄りランチ。なんとなく入った店の雰囲気がよく、料理がおいしくて、うれしい。

    日用品店から高級ブティック、飲食店と、ジャンルもバラバラな店が立ち並ぶ非常に便利なカーン・マーケット。デリーに来るたびに訪れており、今回もじっくり回りたかったが、自分のミッションをすませた夫が帰宅したがる。また改めて来よう。

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