不易流行 〜インドのファッション&ビューティ〜

FASHION & BEAUTY in INDIA/インドの多様性を映す民族衣装サリー情報をはじめ、昨今のファッションやジュエリー、コスメティクスのトレンドをご紹介。

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    この2年間、京友禅サリーや着物の展示会を何度となく開催してきた。場所もコンセプトも、それぞれが、似て非なる。ブランド・アンバサダーとしてお手伝いをしている京友禅サリーにせよ、個人的に1年半前に目覚めた日本のヴィンテージ着物にせよ、1枚1枚に物語がある。

    そして、インドと深い結びつきを持つ。

    「テキスタイル(布/衣類)」を通して、インダス文明からシルクロード、交易、大航海時代、明治時代の日本とインド綿貿易、第二次世界大戦……と、さまざまな歴史を映す。

    我が家で展示会をするときには、さらに日本の伝統工芸品を展示し、その匠の技や美しさを披露する。すべてが、写真や映像では感じ得ない「肉眼で見つめ、手に触れてこそ」伝わる絶大なる魅力がある。だから、興味があるという友人らには、ぜひ見てほしいと思う。

    今回の展示会は、日本への一時帰国を10日後に控えていることもあり、実施するかどうか、少し迷った。しかし、他に急ぎの用事はないし、タイミングを逸すると次はどうなるかわからない。みな、それぞれに多忙な人たちゆえ、今回は3日間にわけて新居で開催することにしたのだった。

    初日の昨日は、オープン早々、ファッションデザインスクール(The Army institute of fashion and design)の学生ら40名が来訪した。先日MAP (Museum of Art & Photography)で開催されたテキスタイルのシンポジウムを訪れた際、同校の学生が参加していたのだが、そのなかの一人が日本語を学んでいるということで、浴衣姿のわたしに声をかけてくれた。

    わたしが展示会に誘ったところ、彼女は先生にその旨を伝え、先生から訪問を打診された次第。もちろん歓迎だ。結果、40名(20名ずつの入れ替わり2部制)プラス先生2名がスクールバスでやってきた。完全に生きた授業状態である。ミューズ・クリエイションのメンバーやその友人各位もご来訪だったので、交流を図りつつ、ひととき楽しんでもらう。

    途中からはテキスタイルを離れて、完全に若者向けセミナーモードに突入。月光ライブラリにて、手書きの旅ノートや絵葉書、地図の山を見せると、みな目を輝かせる。

    写真を撮る前に、まず自分の目で見ること。バシャバシャと撮るのではなく、本当にこれだと思うシーンに絞り込んで、丁寧に撮ること。クリエイティヴな仕事につきたいのならなおのこと、オリジナリティを育むためにも、手作り、手書きという個性を大切にした方がいい……といったことを具体例を示しながら伝える。

    わたしもまた、インド全国津々浦々からバンガロールに来ている彼女たちのバックグラウンドを聞き、インドの広さと多様性を改めて実感する。

    書きたいことは尽きぬ。

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    怒涛のような数時間を経て、午後からは友人たちがポツポツとご来訪。展示物の説明をしつつも、ゆっくり話ができてよかった。

    かつてのわたしの英語の先生Sibuと、その娘のSahnyaが来てくれたのは、特にうれしいことだった。実は彼女は、わたしが初めて、親身になって指導した「インターン生」なのだ。歴史や文学が好きな彼女は、当時からよく読書をしていた。企業でインターンをするのではなく、わたしのもとで勉強したいと言ってくれ、わたしの過去の旅の記録など、すべて日本語なのに、興味深く見てくれたものだ。

    そして2018年の一時期、共に行動した。慈善団体訪問、日本からの視察旅行の同行、市場調査、ジャパン・ハッバ……。彼女が書いたレポートは、今でもミューズ・クリエイションのブログに残されている。その後、彼女は英国の大学に進学し、今は一時期、バンガロールに戻ってきているのだった。すっかり大人になった彼女との久しぶりの再会が、本当にうれしかった。

    https://museindia.typepad.jp/mss/text-by-sahnya-mehra-2/

    今回の展示会では、友人YashoのサリーブランドMrinaliniの、高品質なサリーも展示販売している。夕方、Yashoのお母様と娘のMrinaliniも来訪。サリーや着物を眺めたあと、彼女もまた、ライブラリのテーブルに散らかったままの本や手書きのノートを見て、強い関心を示す。

    このごろはもう、国境を越えて、わたしはアナログ回帰の伝道者である。

    ランチの写真は、近所に住むYashoからの差し入れだ。もう、料理などしている暇がなかったので、とてもうれしかった。そしておいしかった。

    今日も今日とて、非常に楽しい1日だったが、明日もあるので、今日のところは、おやすみなさい。

    ⬇︎展示会の様子がリアルに伝わる動画を作りました。ご覧ください。

    🎵このバックグラウンドミュージックは、1983年に発売された山口美央子の『さても天晴、夢桜』。高校3年のとき、部屋でラジオを聴いていたときに流れてきたこの旋律と歌詞に、たちまち心を奪われた。『夕顔〜あはれ〜』もこのときに聞いた。

    DJが説明するミュージシャンの名前とアルバム(LPレコード)の名前『月姫』を急ぎメモし、翌日、下校時に、香椎のセピア通りにあった「ヨシダ楽器店」に立ち寄った。ミュージシャン名「ヤ行」に並ぶLPをパタパタとめくり、黄色い鮮やかなジャケットを見つけた。

    彼女がすでに出していた『夢飛行』と『NIRVANA』というアルバムも買った。

    もうずっと昔から、わたしはインドに来ることが定められていたのだと、しみじみ思う。

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    I will be holding a three-day exhibition of “Vintage Kimono & Kyoto Yuzen Sarees Exhibition” on February 27th, 28th and March 1st. DM me if you are interested.

    ◉ Dates / 27th (Thu), 28th (Fri) February and 1st (Sat) March 2025 [3 days]
    ◉ Time: 11AM ~ 5 PM
    ◉ Venue: After the Rain, Total Environment, Yelahanka
    ◉ RSVP / Miho +91 99458-45155 (WhatsApp)

    🇯🇵 わたしは日本を離れて29年、インドに暮らして20年になります。若いころは日本の着物に関心がないどころか、成人式にさえ振袖を着ず、インド以前の米国在住時もカジュアルな服装ばかりでした。しかし、インドでサリーの魅力に開眼し、職人の技に興味を持つようになりました。

    一方、祖国の民族衣装である着物には、依然、関心を持っていませんでした。ところが、一昨年の秋に日本へ一時帰国した際、たまたま故郷の福岡にある中古着物店に立ち寄って衝撃を受けました。職人技が生きた古い着物や帯が、二束三文で売られていること、そして古い着物の多くが処分されている現状を知り驚きました。

    浴衣しか自分で着られなかったにも関わらず、良質ながらも廉価な呉服を購入、加えて、実家に半世紀以上眠っていた、母の古い着物も発掘し、インドに持ち帰りました。そしてこの1年余り、何度か展示会をしました。

    今回はそれらの着物や帯に加えて、わたしがブランド・アンバサダーを務めている「京友禅サリー」も展示します。また、友人のサリーブランドMrinaliniの、高品質ながらも良心的な価格のサリーも販売する予定です。

    多くの方に日本とインドの伝統美を体験していただきたく、関心のある方はお気軽にご連絡ください。

    🌸Related Videos/関連動画

    *Kyoto Yuzen Sarees 京友禅サリー (2024)

    *Comparative Exhibition of Kimonos and Sarees  着物とサリーの比較展示会(2023)

    *Kyoto Yuzen Saree/ Background and Exhibition in Bangalore 京友禅サリー の背景とバンガロールでの展示会 (2022)

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    バンガロール中心部、UBシティのそばに数年前オープンしたミュージアムMAP (Museum of Art & Photography)。パンデミック時代の最中からオンラインでの催しが開始されていたが、開館後は常設、特設展示以外にも、さまざまなプログラムが企画されている。一昨日は、テキスタイルのシンポジウムが開催されるというので、予約し訪れた。

    ランチを挟んで、終日のプログラム。テキスタイルとはファッションに止まらぬ、人類の歴史や文化、各国の交易、思想、経済、産業を語る上で不可欠な存在だ。

    わたしがセミナーで毎回語っている明治維新以降の日本とインドに関わりにおいても、その交易史の肝となったのは綿貿易だ。1893年、タタ・グループ(綿貿易会社として創業)の創始者であるジャムシェトジー・タタが来日し、渋沢栄一と会合。その年に、日本とインドが綿花の直接取引をすべく、日本郵船を通して日印の定期航路を開設した。ここから近代における日印の交流が活発になる……。

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    この日はまず、カディ (Khadi)やカラムカリ(Kalamkari)と呼ばれる、インドで最も古いテキスタイル技術の背景について学んだ。カディとは手紡ぎ、手織りの布のこと。現在は一部「機械化」されているものもあるようだが、 ともあれ、英国統治時代、ガンディーがイギリスの機械織りの布に対抗し、カディを推奨したことでも知られる。このあたりの詳細は「インド・ライフスタイルセミナー」の動画でも詳しく説明しているので、関心のある方がご覧いただければと思う。

    カラムカリとは、ペルシャ語の「カラム」と、職人技(仕事)を意味する「カリ」に由来する言葉で、布地に手描きまたはブロックプリントを施したものを指す。「京友禅」と共通の世界だということもあり、興味深い。

    天然染料や綿、地理、農業、水……。布作りを巡るさまざまな事柄を学ぶ。途中、ミュージアム内に展示されているカラムカリを眺める。

    尽きぬ。

    茜(あかね)についての学びもあった。日本茜はアカネ科の蔓性多年草で、本州、四国、九州などの山野に自生するものらしいが、インドでは、Rubia cordifolia L.というインドアカネが赤を生み出す天然染料として知られている。このところ、「日本の赤」転じて「日本茜」について関心を抱いていたので、好奇心は益々刺激された。

    ……書きたいことは募るが、情報量が多く、専門性が高すぎるので、写真をシェアするにとどめたい。

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    この日は、有松絞りの浴衣を着て出かけた。いつものように、ほぼ100%「Bandhani(インド古来の絞り染め)で着物を作ったのね?」と言われる。この色合いが特に、Bandhaniテイストに似ていることもあり、日本においても伝統的な手法なのだと言っても、あまりにもインドの絞り染めと似ていることから、すぐに理解してもらえないのだ。

    テキスタイルやファッション、アートに関心がある人との繋がりの場においては、個性が際立つ服装で出かけた方が、出会いの機会も増える。この日も、何人もの人たちから声をかけられた。うち2人は日本在住経験があり、さらに別の2名は、日本語を話すことができるなど……。未来につながる出会いがあった。

    会場は、予想に反して、大半が若い学生らだった。ファッションスクールなどに在籍する学生が、授業の一環として訪れているという。ちなみにこの日のプログラムは、ランチやティーを含んで「無料で」参加できるものだった。バンク・オブ・アメリカと同ミュージアムの協調で実現しているフィランソロピー。インドの芸術や歴史を学ぶ場を若い世代へコンスタントに提供するミュージアムの有り様に、改めて感銘を受ける。
    思うところ多々あるが、今日のところはこの辺で。

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    ​◉インドで生まれ、日本で育ち、再びインドへ。歴史豊かな絞り染めの世界。Born in India, raised in Japan, and now back in India. The history-rich “Shibori”.
    https://museindia.typepad.jp/2021/2021/09/shibori.html

    【インド・ライフスタイルセミナー動画】

    ①多様性の坩堝インド/多宗教と複雑なコミュニティ/IT産業を中心とした経済成長の背景/現在に息づくガンディの理念

    ③明治維新以降、日本とインドの近代交流史〈前編〉人物から辿る日印航路と綿貿易/からゆきさん/ムンバイ日本人墓地/日本山妙法寺

    【MAP (Museum of Art & Photography)関連の記録】

    🥻創設者の誕生日パーティ@MAP (Museum of Art & Photography)

    🎨今度はACT MUZ企画でミュージアム見学。『ラーマーヤナ』を軸に学ぶ、時空を越えるインド世界の今昔

    🎨圧倒的な、細密画の緻密さ! 黄金の『ラーマーヤナ』。そしてまた、ハンピ旅情(2024/2)

    🎨出会いのころを思い出し、既知の人々と再会。McKinsey のアラムナイ@MAPミュージアム(2024)

    🎨MAP/ Museum of Art & Photography バンガロールに芸術の拠点が誕生。(2022)

  • 記録するテーマを絞り込もうと思いつつ、やっぱりインドの日々は、伝えたいこと尽きず。過去、何度となく記してきたとはいえ、目にしていない人が大半であろうから、改めて説明したい思いに駆られる。

    週に一度の女性の勉強会。昨日はトークではなく「懇親会」で、ドレスコードが「ピンク」だった。最初は手軽にピンクのドレス(ワンピース)にしようかと思ったが、久しぶりに絞り染めのサリーを着ることにした。

    2008年、ムンバイと二都市生活をしていたころに、ムンバイで購入したサリー。子供のころに着た浴衣の兵児帯(へこおび)を思わせる懐かしさが漂う。柔らかな絹の一面に施された絞りは、布に伸縮性を与え、心地よく身体にフィットして着崩れしにくいのが特徴だ。

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    日本では「絞り」「絞り染め」、英語ではTie&Dye、インドではバンダーニ(Bandhani)と呼ばれる布作りの技法。歴史は遥か5000年前のインダス文明に遡る。インドで生まれた染色技術が、シルクロードを経て日本に渡来しのたは7世紀ごろ。奈良時代には日本独自の多様な技法が次々と誕生した。中でも江戸時代に隆盛を極めた京都の「鹿の子絞り」は、広く知られるところだ。

    日本で育まれた「絞り」の技術は、ラビンドラナート・タゴールによってインドにもたらされた。インド国歌を作詞作曲、ノーベル文学賞を受賞した偉大なる詩人、思想家であるタゴール。彼は岡倉天心との親交も深く、何度も来日している。伝統芸術の復興や手工芸の存続にも尽力していた彼の情熱は、継承されてきた。1997年には、北インドのアーメダバードで、第2回国際絞りシンポジウムが開催されるに至っている。

    日本の絞り染めは、インドのバンダーニよりも手法が豊かで、愛好するインド人女性たちも少なくない。それらは「SHIBORI」という名前で呼ばれ、バザールなどでもしばしば目にする。

    過去の記録に詳細を残しているので、リンクを貼っておく。今日はこれから、着物(単衣&半幅帯)を着てお出かけだ。うまく着付けられるかな……。がんばろう。

    🇮🇳🇯🇵インドで生まれ、日本で育ち、再びインドへ。歴史豊かな絞り染めの世界。(2021/09/15)
    Born in India, raised in Japan, and now back in India. The history-rich “Shibori”.
    https://museindia-bxdri.wordpress.com/2021/09/15/shibori-2/

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    昨日は、年末のパーティで出会った韓国人女性Eunyoungのご自宅に招かれて、女性たちのランチ会。彼女はかつて、ソウルでシェフとしてケータリングのビジネスをされていた。フランスの外交官であるハズバンドがソウルに駐在されているとき、彼女が大使館でのパーティ料理を準備したことで出会ったというエピソードを聞き、話が弾んだ。

    別の場でお会いしていたという友人のYashoも出席、他の方々はほぼ初対面だったが、共通の友人たちも多く、話が弾む。バンガロールで生まれ育ったという方々の話は、いつも興味深い。冷房どころか天井のファンすらも不要で、一年のうち、約10カ月は肌寒くて、上着を羽織っていなければならなかった……とか、インディラナガールの100フィート沿いには、住居もまばら、車も走らず、だから近所の子供たちとローラースケートで爆走していたとか……。

    この街の変貌の歴史が、脳裏で渦巻く。

    Eunyoungの真心がこもったタイ料理はどれもおいしく、料理を巡る会話も尽きない。昼間からアルコールもいただいて、すっかりリラックスした楽しいひとときだった。

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    みなさん、日本への旅や料理、着物など、日本文化への関心が高い。それを見込んで、昨日は着物で参上した。一昨年の秋、わたしは着物に目覚め、以降の一時帰国時には、中古の着物や羽織、帯を購入しては持ち帰っている。しかしながら、着付けはまだまだ初心者未満。

    今回は、11月の一時帰国時の福岡で購入した紬の着物(単衣)や半幅帯を着用した。今となっては比較的暑い時期が長いバンガロール。浴衣感覚で着られる単衣と半幅帯の組み合わせが実用的だと思ったのだ。

    薄手の絹ながら、しっかりとコシのある布で、着心地も悪くない。誂えた女性は長身だがスリムだったと思われ、身幅が狭く袖も短いが、ぎりぎり許される範囲ではなかろうか。絣の半幅帯も、かんざし柄が愛らしい。

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    この着物、中古とはいえ、袖が通されていない「新品」である。着物の端に正札がついていた。福岡市のデパートの代名詞ともいうべく「岩田屋」のロゴだ。しかし、これは古い商標だ。調べてみたところ、現在のロゴに変わったのは昭和10年(1935年)で、これはそれ以前に使われていたものらしい。

    ということは、少なくとも今から90年以上前ということだ。……なんという歳月の流れ!

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    Eunyoungのご自宅は、韓国の伝統的な壺や絵画と共に、日本の着物の帯が配されていた。我が家と同様、テーブルのセンターランナーに使われている。

    ご夫婦が日本を訪れた際、大阪の着物中古店を訪れて、職人たちの技を映したすばらしい織物や染物が、二束三文で売られているのを見て心が痛んだという。そしてスーツケースいっぱいに、買い込んできたのだとのこと。わたしもYashoも、似た感性なので、深く共感する。

    🇯🇵

    袋帯はもちろん、名古屋帯すら、まだ扱いが難しく、うまく結べない。とはいえ、着物も回数を着なければ、慣れない。ゆえに、半幅帯で練習しつつ、これからも単衣を着る機会を増やそうと思う。

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    竹久夢二の絵みたいに、猫と一緒に映りたかったが、我が家の猫ズは抱っこされるのが嫌いなので大暴れ。ちょっとぐらい、いいや〜ん! となだめつつ撮影。ごめんよJACK。

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    先日、在ベンガルール日本国総領事館主催の天皇誕生日祝賀式典に招かれた。自分で撮影した写真はすでにシェアしたが、フォトグラファー&ヴィデオ・クリエイターのNikhilに依頼していた写真と動画が届いたので、ひとまず動画を最終編集し、Youtubeにアップロードした。

    Nikhilに、初めて仕事を依頼したのは、2年前の京友禅サリー展示会のときだった。インドでは、大規模なパーティやイヴェントの際、フォトグラファーを招いて撮影をする。メディアのフォトグラファーが入ることもある。

    あるとき、かつてなく、人の雰囲気をいい感じで捉えている写真を見つけ、主催者にフォトグラファーは誰かと尋ねたら、Nikhilだった。当時は学生の傍ら、写真を撮影していたが、現在は独立して、広告写真の撮影なども手がけている。

    わたしが、大学を卒業して、旅行ガイドブックの編集者となり、初めてフォトグラファーと仕事をしてから、数十年の歳月が流れた。この間にカメラも、表現媒体も、人々の嗜好も、著しく変化し続けている。

    不易流行。培われた基礎や基盤を大切にしながらも、新しい風情を取り入れる。

    2年前の京友禅サリーを皮切りに、これまで着物とサリーの比較展示会や、春祭り、ジャパン・ハッバなどの撮影をお願いしてきた。会場で、わたしの意図を簡単に伝えるだけで、かなりイメージに近い写真を撮影してくれる。また、動画に関しては、縦向き、横向き、臨機応変に用意してくれるのも助かる。

    横向きは保存版としてYoutubeチャンネルにアップロードするので、こちらの方に、力を入れてもらう。あらかじめ、使用したい音楽をわたしが選び、それに合わせて彼が編集。仕上がりを見て、修正したい箇所、加えたい追加のイメージなどは、わたしが写真を追加編集して体裁を整える。こういう作業は、とても楽しい。

    たまに、動画が仕上がったあとに音楽が合わないと感じて、差し替えることもある。これがしっくり来たときの達成感もまた、たまらない。

    今回は、わたしが大学時代に流行した、一世風靡セピアの『前略、道の上より』を選んだ。しかし、iTune Storeで音源を探すも、オリジナルの歌や演奏が、記憶の中にあるそれよりも、弱い。カヴァーを聴き比べたところ、このPureBoysというバンドの演奏がとてもよかったので購入した。

    本来の目的は、京友禅サリーのプロモーション動画の制作だが、いくら京友禅サリーが美しいからといって、それだけだと、退屈な映像になってしまう。祝賀式典では、和太鼓や茶道、武道など、日本を伝える催しが展開されていたので、それらも「異邦人視点」で捉えてもらった。

    想像以上に、迫力ある仕上がりになった。やはり、映像は強いなあ。当然ながら言葉では伝わらない臨場感にあふれる。もっと動画を活用すべきかと、改めて思う。

    このたびお世話になった、在ベンガルール日本国総領事館の関係者各位に、感謝を申し上げたい。ありがとうございます。

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    2月23日の天皇誕生日に先駆けて、昨夜は在ベンガルール日本国総領事館主催のレセプションが開催された。わたしは来賓として招待されたのだが、それとは別に、京友禅サリーも展示させていただいた。
    京友禅サリーについては、いつもわたしが主催する催しで写真&動画撮影を依頼している写真家Nikhilの仕上がりが届いたあと、改めて投稿するときに記そうと思う。

    この日、多くの方々に声をかけていただいた。京友禅サリーについて、だけではなく、わたし個人に対しても。初めての方。久しぶりの方。みんな笑顔。

    ホームページを開設したのが2000年。インドに移住を機にブログを始めたのが2005年。そのころはまだ、発信者の数が少なかったので、インド情報を求めてわたしのサイトに辿り着く方が少なくなかった。

    しかし、ソーシャルメディアが一般化し、誰もが気軽に発信できるようになってからは、わたしの情報は深海に沈んで沈んで、沈みがち。量より質。数より深さ。届く人に届いていればそれでいいのだと思いつつも、いったい誰が読んでいるのだろうという思いは、常に脳裏の片隅にある。

    そんなこんなで、今年からは、投稿頻度を落とし、文章量も減らしてきた(これでもね😁)。

    しかし、昨日、声をかけてくださった方、数名は、しっかりお読みだという。本職ライターの文章だということを理解して読んでくださっていると知り、うれしかった。パンデミックが明けて以降、ミューズ・クリエイションの毎週金曜日のオープンハウスもやめたことから、普段、日本の方々とお会いする機会はとても少ない。ゆえに、このような場でレスポンスをいただけるのは光栄だった。

    なかでも、わたしがニューヨーク在住時に起業したMuse Publishing, Inc.が発行していた季刊フリーペーパー、『muse new york』を読んだことがあるという方がいらしたのは、本当にうれしかった。1999年の夏に創刊、米国同時多発テロが起こった2001年の秋号を最後に、わずか9号で終わったが、薄い冊子にたっぷりと良質の情報が詰め込まれた、手前味噌だが、いい雑誌だった。

    その後、ワシントンD.C.に移住後は、『muse Washington, DC』を5号分発行した。

    ……手で触れられる印刷媒体が、愛おしく思い返される。

    今日のところは、iPhoneで撮影した写真を掲載。

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    ほぼ毎週火曜日に開催されている女性たちによる勉強会。メンバーになって2年半、さまざまな学びを得てきた。

    昨日のスピーカーは友人のJulie。北東インドはアッサム州の出身の彼女。伝統的なテキスタイルに精通、自らアーティスティックな織物を生むアーティストであり、ファッションデザイナーでもある。また、北東インドの言語や習慣、ライフスタイル、自然環境の魅力を多くの人に伝えるべく、旅行の企画会社も運営している。

    インド移住当初から、強い関心を抱きつつも、わたしはまだ一度も訪れたことがない北東インド。特にインパール作戦の舞台となった界隈にはどうしても行きたく、2020年3月に旅する予定で航空券やホテルも予約していた。しかしながら、COVID-19の影響で頓挫。以降は、5月から10月まで雨季で旅に適しないという気象条件も、タイミングを逸する理由になっていた。

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    インド北東部、アルナーチャル・プラデーシュ州、アッサム州、メーガーラヤ州、マニプル州、ミゾラム州、ナガランド州、トリプラ州の7州をして、通称「セブン・シスターズ/7姉妹州」と呼ばれている。1947年、英国から独立した当初は3州だったが、徐々に増え、1972年にトリプラ州のジャーナリストが「7姉妹」と呼んで以降、こう呼ばれるようになったという。さらには1975年にインドに併合されたシッキム州、「ワン・ブラザー/1弟」を加えて合計8州だ。

    チベット、中国、ミャンマー、モンゴル……と、周辺国の影響を受けつつ、複数の「独特のライフスタイル」が育まれているこの地。日本とは、人々の顔つきが似ているだけでなく、食文化にも共通項がある。多様性の国インドの、さらに8州の中にもくっきりと浮かび上がる個性。豊かな自然の魅力、エコロジカルが当たり前の、自然讃歌の農村地帯……。

    書き始めると尽きない。行ったこともないのに。

    来月からは約1カ月、日本へ一時帰国につき、雨季を避けるとなれば、今年前半の旅は難しい。行くのであれば、少なくとも1週間以上、ゆっくりと時間をかけて巡りたい。今年終盤から来年にかけては、予定を調整して必ず訪れるぞと、敢えて決意表明。

    インドは広い。海外にも行きたいところは多々あり。だからといって、ドタバタと予定を詰め込むライフは控えたい……。取捨選択は、簡単ではない。「ご縁」を作って訪れたい。

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    写真の前半は、昨日、彼女が持参していた北東インドのテキスタイルの数々。1枚目の写真は、彼女から購入したというサリーを着たメンバー。わたしも、彼女の服を着ていけばよかった……! うっかりしていたので、4年前の写真を掲載。

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    さらには、わたしが一昨年、開催した「着物とサリーの比較展示会」に、Julieがお母様と一緒に来てくれたときの写真も載せておく。羽織や道行(道中着)が、サリーにもよく似合うことを、彼女が示してくれている。

    Curtain Call Adventures (Curated Northeast India tours and packages)

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    Muse Creation (NGO) and Kyoto Yuzen Sarees contributed to the biggest Japan festival in India!

    【音楽について】

    バックグラウンド・ミュージックは、アニメ風味をも感じさせる松田聖子の『Kimono Beat』(1987)を選んでいた。Instagramの投稿時、Kimono Beatを検索したら、中島愛というミュージシャンがカヴァーしているのを知った。松田聖子の声にとてもよく似ている。アレンジも、とてもいい。38年前の音楽が、新しく聞こえる……ということで、こちらを選んだ。

    音と映像を組み合わせる時、しばしば「偶然の一致」が起こる。たとえば、以前、歌詞に「勝利」と出てきた瞬間に、映像の中で「勝利」の短冊を掲げた女性が重なるなど。今回もまた、わたしの大好きな牡丹柄のサリーを映したあたりで「振袖から、牡丹が風に舞う……」という歌詞が重なった。

    音と言葉の調和がすばらしい。情景が思い浮かぶ味わい深い歌詞だ。松本隆の世界には、名作が本当に多いなと、時を経てそう思う。

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    2005年、ちょうどわたしがバンガロールに移住した年から、パンデミック時代を除き、毎年開催されてきた日本祭り「JAPAN HABBA」。HABBAとは、地元カンナダ語で「祭り」を意味する。

    当初は、バンガロールで日本語を学ぶインド人学生有志らにより始められたこのイヴェント。日本にゆかりのある様々なヴェンダーが出店するほか、日本をテーマにしたパフォーマンスが展開されるステージ・プログラムも人気で、年々、その規模を拡大してきた。前回の2023年には、6000人を超える来訪者で賑わうインド最大の日本祭りに成長していた。

    当初は、日本のアニメやゲームを契機に日本に関心を持ち始める若者が多かったが、年々、客層の幅が広がり、熱気も増し続けてきた。20周年となった今回は、会場を広大なパレス・グラウンドにアップグレードしての開催だった。

    2012年と13年、わたしはステージの司会を務めた。また、2013年からは、ミューズ・クリエイションとして毎年参加。メンバーによる手工芸品の販売をはじめ、書道短冊や折り紙のデモンストレーション、またステージでコーラスやダンスを披露するなど、積極的に関わってきた。

    パンデミック明けより、ミューズ・クリエイションの活動内容が変わったことから、前回に引き続き今回も、書道短冊の販売に絞り込んだ。1枚100ルピーの短冊が、飛ぶように売れるのだ。これは単に資金調達が目的ではない。メンバーやそのご家族が、インドの人たちと交流しつつ、書いてほしい言葉や名前を選んでもらい、一文字一文字記していく。その過程が有意義なのだ。

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    当初、わたしはミューズ・クリエイションに専念し、場合によってはステージ・パフォーマンスに向けて何らか編成したいと思っていた。しかし、昨年の終盤、京友禅サリーのプロモーター(ブランド・アンバサダー)を再度お引き受けし、JAPAN HABBAで出展することになったことから、今回はその実現に集中した。

    年末と年始にメンバー有志と集って短冊作りをしたり、京友禅サリーのマネキンやら看板やらを発注するなど、お祭りまではその準備に専心していたのだった。

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    前日の夜に現場入りし、マネキンガールズやポール、看板などの荷物を搬入する。そして翌日は朝7時過ぎに現場での準備を開始。幸い好天に恵まれて暑すぎるほど。ミューズ・クリエイションと京友禅サリーのブースを隣同士にとお願いしていたので、すぐに行き来できるのは便利だった。便利だったが……あまりの来訪者の多さに、その2つのブースと途中のお手洗い休憩以外、他の場所を全く見られなかったのが残念だった。

    なにしろ! タイトルにも記している通り1万5000人の来訪者なのである。本当に圧倒的だった。特にフードコートの混雑たるや!

    ミューズ・クリエイションのブースは5時ごろに閉じ、京友禅は6時ごろに閉じた。書道短冊は、有志のみなさんのおかげで800枚以上が売れ、つまり80,000ルピー以上の売り上げとなった。いつものように、慈善団体への寄付や寄付の品の購入などに使わせていただく。

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    2年前に続いて、今回も、京友禅サリーの発起人である京都工芸染匠共同組合の竹鼻夫妻も、京都からお越しになっていた。JAPAN HABBAのスケールの大きさ、そして若者の多さに圧倒されていた。

    大音響で盛り上がる数々のステージ・パフォーマンスの中、声を枯らしながら京友禅サリーの説明をした一日。我が夫や、こちらで働く女性にサポートをしてもらってなんとか乗り切った。

    今回も、日本に関心を持つインドの方々の多さを「視覚的に」時間できる機会だった。企画運営に関しては、今後どうなるのか諸々の課題があると察せられるが、まずは大禍なく、無事に終了できて本当によかった。

    荷物の片付けやら搬出などがあり、すぐに現場を離れることができなかったが、幸いにもぜひ聞きたかった「竜馬四重奏」の演奏を聴くことができたのがラッキーだった! 昼間は講堂で、夜は屋外でのパフォーマンスが行われたのだ。

    満月のもと、疲労困憊だったにも関わらず、大いに盛り上がって本当に楽しかった。濃い一日だった。関係者各位、本当にお疲れさまでした!

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    🇮🇳🇯🇵 JAPAN HABBA@Bangalore 2022 毎年恒例の日本祭り。ミューズ・クリエイションが参加した10年の軌跡をたどるアルバム