不易流行 〜インドのファッション&ビューティ〜

FASHION & BEAUTY in INDIA/インドの多様性を映す民族衣装サリー情報をはじめ、昨今のファッションやジュエリー、コスメティクスのトレンドをご紹介。

✈︎ 過去ブログ/2005〜2025

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    4週間の日本滞在、最後の2日間を飾るのは、『ナマステ福岡』。一時帰国を決めた後に、このタイミングで開催されることを知り、参加することにした。

    今回は、福岡一色に染まる、わが日本滞在だ。

    かつてミューズ・クリエイションのメンバーだった友人も手伝ってくれたほか、懐かしき元バンガローリアンの友人たちも来訪。初めてお会いする方、従兄弟や旧友……。

    バンガロールから連れてきた品々を売ることもさることながら、主催者や他のヴェンダーの方々、来訪者……。みなさんと語らうことが楽しかった。バンガロールを目指している若者もいた。飛びたて! と願う。

    🇮🇳

    ところで本日のサリーは、わたしが大好きなパールシー刺繍と絞り染めの組み合わせ。大好きなブランドAshdeenで自分の還暦祝いのために購入した。日本へ来る直前に仕立て上がったので、持ってきた次第。本当は誕生日に着ようと思っていたが、日本の方々に、インドの匠を見ていただきたく、着用した次第。

    「きれいなサリーですね」と多くの方々に声をかけていただいた。大半の方が「日本の生地で作ったんですね」とおっしゃる。インドで有松絞りの浴衣を着ていたら、「バンダーニ(インドの絞り染め)で作ったのね」と言われる。

    わたしが意識的に選んでいるとはいえ、日本とインドのテキスタイルの親和性を思う。

    近々、福岡にはインド領事館が開設される。これからは、より一層、福岡とバンガロールの間でできることが増えそうだ。

    書き残したいこと尽きぬが、明日もまた、早起きして現場入り。今日はこれからお風呂に入って寝ます。

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    1年半前の一時帰国時に着物に目覚めて以来、帰国のたびにリセール(中古)の着物を発掘すべく、福岡で、東京で、店舗や展示会を巡ってきた。

    そして今回もまた、リサーチしていたところ、天神の「アクロス福岡」にある「銀座いち利」にて、リユースのバーゲンが開催されているのを見つけた。これは行かねばと、母の眼科&歯科通院の谷間だった木曜日、天神へ赴いた。

    折しも、店内では西陣織の老舗「西陣まいづる」の展示会が開催されている。店内に入るや、伊藤若冲の青い鶏冠の鶏らが、目に飛び込んできた。リユース着物を見るよりも、見事な職人技の帯に俄然、興味が湧き、間近で拝見させていただく。

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    絹糸のしなやかさと輝き、精緻な織り具合が格別で、ほぇ〜……と感嘆の声が漏れるばかり。聞けばこの絹は、三眠蚕(さんみんさん)で織られているという。三眠蚕とは、孵化後に3回の脱皮を経て繭を作る蚕のこと。
    一般的な4回脱皮する「四眠蚕」が作った繭に比べると、繭玉が小さく、糸が細くしなやかなのが特徴だという。触れてみれば違いは顕著。その細い糸で織られているからこその、この精緻な仕上がりなのだ。

    また、内閣総理大臣賞を受賞したという「ゴブラン紹巴(しょうば)」という帯がエキゾチックで魅力的。昨年、エジプトを訪れて以来、すっかり引き込まれなじみとなったヒエログリフや様々なモチーフが、びっしりと織り込まれている。

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    ちなみに紹巴織(しょうはおり)とは、西陣織の代表的な織物で、中国由来の絹織物。一方、ゴブラン織とはフランス起源のタペストリーだ。この帯には、五色の経糸が用いられ、ゴブラン織と紹巴織の技術が融合して織りなされていることから、「ゴブラン紹巴(しょうば)」と名付けられているようだ。

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    さらに目を引いたのは、友人のYashoが東京旅で入手したことで初めて知った「螺鈿引き箔」と呼ばれる技法で織られた帯だ。引き箔とは、西陣織の技術のひとつで、和紙の表面に金や銀の「箔(ハク)」を貼り、それらをごく細く糸のように裁断したもので織る、織物のこと。螺鈿引き箔とは、貝殻の内側の輝く部分を丁寧に剥離し、柔軟になめして和紙に貼り、糸状に裁断して帯に織り込んだもの……。という、超絶技巧が反映された織物なのだ。

    Yashoの帯もすばらしいので、以下の記録をご覧いただければと思う。

    🇮🇳🇯🇵布が織りなす日印の絆:サリーと着物に触れ合う展示会(2024/09/20)

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    ところで、若いころのわたしはゴブラン織りが好きだった。欧米のミュージアムなどで、豪奢でダイナミックなゴブラン織りを目にするたび、見入ったものだ。個人的には、ベルギーを旅した際(東京時代とニューヨーク時代、ドライヴで一周した)のゲント(ヘント)にて出合ったゴブラン織りは本当に好みだった。中世の面影が色濃く残るゲント。久しく旅していない欧州への旅情も高まる。

    🌍

    幸い、他のお客さんが少ない時間帯だったこともあり、じっくりと拝見し、京都からいらした「西陣まいづる」の方のご説明を聞くことができた。いち利のスタッフからも、この作品を目にする機会は滅多にないことであり、お話をお聞きできるのは幸運なことだと言われた。

    リユース着物のバーゲンが目的で訪れた着物初心者が、ぐいぐいと関心を示すのは、日本では失礼なことなのかしらとの思いも過ぎったが、せっかくの機会。学ばせていただけてよかった。なお、こうしてソーシャルメディアに記すことはお伝えし、許可を得ている。

    それにしても、若冲の帯は、今、写真で見返しても、麗しくて見入る。帯の見える部分だけでなく「見えない部分」にさえも、味わい深い水辺の様子が描き織り込まれている極まりよ。

    この店でリユースの帯と着物を少し買い求めたあとランチをとり、さらにはわたしが着物に目覚める契機となった新天町の店に赴いた。毎回ここでは、なにかしらの魅力的な着物や帯に出合える。今回もまた、超廉価ですばらしい着物を見つけてしまった。バンガロールに帰ったら、袖を通そうと思う。他の写真も残したいが、膨大になるので、今日のところは西陣織メインで。

    帰宅すれば、多々良川の彼方、玄界灘に沈む夕日を眺める。毎日のように、似て非なる日没を眺められることのありがたさ。名島神社の方角を見遣り、その深き緑の森に向かって合掌をする。

    ミレーの『晩鐘』を思う。

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    福岡は超絶寒い。3月中旬だというのに、なんでこんなに寒いと?! 

    さて本日、無事に母の白内障手術第一弾(左目)終了。第二弾(右目)は1週間後。まだまだ続く小さくて大切な不可欠ケア。ともあれ今日のところは昨日のことを記す。

    一時帰国後の行動範囲は、連日ご近所周辺で地味。眼科やら整骨院の通院メインでは気が滅入ってしまう。週明けからの眼科詣でに突入する前に、楽しい予定を織り交ぜるべく、昨日は久留米まで足を伸ばした。「地場産くるめ(久留米地域地場産業振興センター)」で開催されている久留米絣の一大展示会を訪れるためだ。

    わたしが絣の魅力に開眼したのは2011年。バンガロールで開催されたDASTKAR(手工芸品展示会)で、オリッサ州の絣のサリーを購入したのが契機だ。その直後の一時帰国時に、久留米絣の里として知られる広川町を訪れ工房を取材。当時、5年に亘り連載していた西日本新聞の『激変するインド』に記事を書いた。

    その数年後、たまたま見かけた福岡大丸の特設展示会で、久留米絣の「椿柄」のジャケットに一目惚れして購入したが、それ以外に日本で絣の衣類を買うことはなかった。ところが前回の一時帰国時、やはり大丸の特設展示会で絣ブランドが集っているのを目にし、母と自分のために思い切って何枚か購入したのだった。

    それらをインドに持ち帰り着用すること数カ月。想像通りに着心地がよく、丈夫で、肌にやさしい。特に緩めのモンペ的パンツは日々の部屋着に好適だ。長持ちすることを考えれば、少々お値段が高くても価値がある。すっかり「久留米絣愛好家」となってしまった。

    今回も近場で購入の機会がないだろうかとソーシャルメディアをチェックしていたところ、大丸での恒例の展示会は4月8日からとある。わたしがちょうど、インドに帰る日だ。タイミング悪すぎ……と思っていたら、別の投稿で3月15日16日に、久留米で一大展示会が開催されることを知ったのだった。

    🚃

    JR千早駅から久留米までは、鹿児島本線で1時間あまり。車窓からの光景を眺めつつ、思えば久留米駅で降りるのは初めてだと気づく。閑散としているが、九州新幹線も停車する。会場までの送迎バスを待つ間、駅でランチ。案内所でお勧めを尋ねるが、いまひとつの反応だ。「フミヤくんの好きな焼きそば屋がありますよ」ということで、そこへ行った。

    チェッカーズの藤井フミヤや松田聖子はじめ、複数の芸能人の出身地でもある久留米。実はとんこつラーメンの発祥地でもあるらしい。

    さて、会場には久留米絣の作業工程を伝える展示やファッションショーの舞台が設置されている。また久留米絣の歴史や特徴をつぶさに眺められる反物や着物の展示もある。

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    一方、実際に絣の衣類や小物を購入できる20を超える工房のブースが立ち並んでいて壮観だ。ゆるゆると歩けば、魅力的な色柄が次々に目に飛び込んできて、目移りする。とはいえ、気に入った柄とデザインが一致するものを見つけるのは簡単ではなく、そこもまた、吟味しがいがある。

    柄、デザイン、そしてサイズが自分の希望と一致してはじめて、「欲しい」となる。欲しいものが多すぎても悩ましいし、見つからないと残念。そういう意味で昨日は、非常にいい塩梅でいくつかの「欲しい」を見つけられた。

    大丸に出店されていた丸亀絣織物(わたしが着ているグレイのトップを購入)、野村織物、池田絣工房、坂田織物も勢揃いされており、ご挨拶&お買い物。このほか、今回は、藍華田中絣工房、野村雅範絣工場で、「手織り」のすてきな衣類を購入した。

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    さらには! 14年前に取材させていただいた山村健さんと奥さまの羊候(ようこう)さんと再会できたのがうれしかった。お元気そうでなによりだ。2011年のブログの写真も転載しておく。

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    帰り際には館内の「久留米絣資料館」に立ち寄り、その歴史を垣間見た。久留米絣の祖とされる井上伝(1789-1869) の物語も興味深い。インドでは少なくとも1400年以上前から存在したイカット(絣)と、どのような接点があったのか(あるいはなかったのか)、諸々、気になる。

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    この写真は、毎度、我が記録ではおなじみの、アジャンタの仏教石窟壁画に描かれた女性。アジャンタ&エローラ遺跡を訪れたのち、この本を購入し、じっくりと壁画を眺めるなか、この女性の衣服を見たときには衝撃を受けた。トップは絞り染め、ボトムは絣。これが描かれたのは少なくとも1400年以上前……なのだ。

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    ちなみにモノクロの写真は父方祖母の子供時代。100年以上前のもの。上段は左端が祖母だ。女学生らが身にまとう久留米絣の美しいことよ!

    ……またしても、話が長くなる。

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    金曜の日中は、終日、ミーティングで、少し疲れた。1カ月の不在を控えて、荷造りや雑事や仕事の残りを少しずつこなしているこのごろ。無理を避けるべく、夜の外出は控えていたが、このパーティは以前から参加を決めていたこともあり、夫と共に出かける。

    着物かサリーを着ていくつもりだったが、着替えるのが面倒だ。そこで閃き取り出すは、京友禅の大判ストール。黒地に牡丹の、ダイナミックな柄がとても気に入っている一枚だ。

    わたしは京友禅サリーのインドにおけるブランド・アンバサダーを依頼されていることから、実際に着用した感じを見てもらうためにサリーを着用しているが、あくまでも「お借りして」いる状態。取り扱いも丁寧に、汚さぬよう、気を遣っている。

    そんな中、今回、数枚販売されていた大判ストールの中に、わたしが気に入った牡丹のサリーと同じ柄のものがあった。これは実用的だと、先日、自分のために購入した。

    心置きなく着用できる。

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    一方のサリー。自分が気に入っていることから、展示会でもついつい目立つ展示してしまう。

    サリーには、黄金色の文字が描かれている。これがまた、魅力的。気になって調べたところ、サンスクリット語(梵語)の「アン」。辰巳(たつみ)年生まれの守護本尊である普賢菩薩が宿る文字だという。巳年のわたしと一致してうれしくなった。このサリーについては、また後日、記すことになる。

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    京友禅サリーには、丹後縮緬と呼ばれる正絹が用いられている。しっとりと滑らかで光沢があり、適度な重みが優麗なドレープを生む。

    一方、この大判ストールは、同じ丹後縮緬の正絹でも異なる質感。光沢はなくマットで、ふわふわと軽くて扱いやすい。

    今回は、シンプルなリネンのドレスと合わせたが、このストールが主役となり華やかな印象になった。黒や白のパンツやトップとも合わせられるから旅行にも好適だ。ベルトでウエストを締めるのもいいかもしれない。

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    実は、外出の数時間前まで、疲れ気味だったからキャンセルしようかと思っていた。しかし、白い牡丹を身に纏ったら、なんだか元気が出てきた。この夜は、Integration Dinner。人々と少し深めに交流するのが目的だった。

    開催場所が、わたしの好きなTaj West Endだったことも、気持ちを前向きにさせてくれた。インド移住前に初めて泊まった時には、ガーデンシティの象徴のような場所に感激したものだ。20年前の移住直後、住まいを見つけるまでの1カ月弱を、ここで暮らした。ゆえに、思い入れは深い。

    喧騒の外界からゲートに入った途端、異次元に紛れ込んだかのような気持ちにさせられる。夜の緑に出迎えられ、来てよかったと思う。オープンエアのヴェトナム料理店、Blue Gingerと、併設するBlue Barが会場。顔見知りの友人たちだけでなく、新しくて若い仲間らとも言葉を交わす。

    中でも、自ら石炭の会社を立ち上げたという青年の話が興味深く。親は製紙工場を経営しているが、敢えての石炭。その背景の物語を聞きながら、日本の炭鉱の歴史や原子力発電のことなどを語る。

    わたしの生まれ故郷は、熊本県荒尾市原万田。ユネスコ世界文化遺産登録されている「明治日本の産業革命遺産」を構成する一つである「三井三池炭鉱万田坑」がある土地だ。

    今回の一時帰国時、自分の原点を知るべく、そこを訪れることはすでに決めていた。ゆえに、「石炭」というワードにさえも、ご縁を感じる。

    ご縁は、広がりながら収束する。

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    1年半前の一時帰国時に着物に目覚めて以来、帰国のたびにリセール(中古)の着物を発掘すべく、福岡で、東京で、店舗や展示会を巡ってきた。

    そして今回もまた、リサーチしていたところ、天神の「アクロス福岡」にある「銀座いち利」にて、リユースのバーゲンが開催されているのを見つけた。これは行かねばと、母の眼科&歯科通院の谷間だった木曜日、天神へ赴いた。

    折しも、店内では西陣織の老舗「西陣まいづる」の展示会が開催されている。店内に入るや、伊藤若冲の青い鶏冠の鶏らが、目に飛び込んできた。リユース着物を見るよりも、見事な職人技の帯に俄然、興味が湧き、間近で拝見させていただく。

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    絹糸のしなやかさと輝き、精緻な織り具合が格別で、ほぇ〜……と感嘆の声が漏れるばかり。聞けばこの絹は、三眠蚕(さんみんさん)で織られているという。三眠蚕とは、孵化後に3回の脱皮を経て繭を作る蚕のこと。
    一般的な4回脱皮する「四眠蚕」が作った繭に比べると、繭玉が小さく、糸が細くしなやかなのが特徴だという。触れてみれば違いは顕著。その細い糸で織られているからこその、この精緻な仕上がりなのだ。

    また、内閣総理大臣賞を受賞したという「ゴブラン紹巴(しょうば)」という帯がエキゾチックで魅力的。昨年、エジプトを訪れて以来、すっかり引き込まれなじみとなったヒエログリフや様々なモチーフが、びっしりと織り込まれている。

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    ちなみに紹巴織(しょうはおり)とは、西陣織の代表的な織物で、中国由来の絹織物。一方、ゴブラン織とはフランス起源のタペストリーだ。この帯には、五色の経糸が用いられ、ゴブラン織と紹巴織の技術が融合して織りなされていることから、「ゴブラン紹巴(しょうば)」と名付けられているようだ。

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    さらに目を引いたのは、友人のYashoが東京旅で入手したことで初めて知った「螺鈿引き箔」と呼ばれる技法で織られた帯だ。引き箔とは、西陣織の技術のひとつで、和紙の表面に金や銀の「箔(ハク)」を貼り、それらをごく細く糸のように裁断したもので織る、織物のこと。螺鈿引き箔とは、貝殻の内側の輝く部分を丁寧に剥離し、柔軟になめして和紙に貼り、糸状に裁断して帯に織り込んだもの……。という、超絶技巧が反映された織物なのだ。

    Yashoの帯もすばらしいので、以下の記録をご覧いただければと思う。

    布が織りなす日印の絆:サリーと着物に触れ合う展示会(2024/09/20)

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    ところで、若いころのわたしはゴブラン織りが好きだった。欧米のミュージアムなどで、豪奢でダイナミックなゴブラン織りを目にするたび、見入ったものだ。個人的には、ベルギーを旅した際(東京時代とニューヨーク時代、ドライヴで一周した)のゲント(ヘント)にて出合ったゴブラン織りは本当に好みだった。中世の面影が色濃く残るゲント。久しく旅していない欧州への旅情も高まる。

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    幸い、他のお客さんが少ない時間帯だったこともあり、じっくりと拝見し、京都からいらした「西陣まいづる」の方のご説明を聞くことができた。いち利のスタッフからも、この作品を目にする機会は滅多にないことであり、お話をお聞きできるのは幸運なことだと言われた。

    リユース着物のバーゲンが目的で訪れた着物初心者が、ぐいぐいと関心を示すのは、日本では失礼なことなのかしらとの思いも過ぎったが、せっかくの機会。学ばせていただけてよかった。なお、こうしてソーシャルメディアに記すことはお伝えし、許可を得ている。

    それにしても、若冲の帯は、今、写真で見返しても、麗しくて見入る。帯の見える部分だけでなく「見えない部分」にさえも、味わい深い水辺の様子が描き織り込まれている極まりよ。

    この店でリユースの帯と着物を少し買い求めたあとランチをとり、さらにはわたしが着物に目覚める契機となった新天町の店に赴いた。毎回ここでは、なにかしらの魅力的な着物や帯に出合える。今回もまた、超廉価ですばらしい着物を見つけてしまった。バンガロールに帰ったら、袖を通そうと思う。他の写真も残したいが、膨大になるので、今日のところは西陣織メインで。

    帰宅すれば、多々良川の彼方、玄界灘に沈む夕日を眺める。毎日のように、似て非なる日没を眺められることのありがたさ。名島神社の方角を見遣り、その深き緑の森に向かって合掌をする。

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    わたしたち、遠いところまで、一緒によく来たね……。と、話しかけながら飾り付けた今年。

    59年前に両親が買ってくれた雛人形。福岡、東京、ニューヨーク、ワシントンD.C.を経て、バンガロールにたどり着いた。歳月を刻んで、中には打撲や骨折、お肌の荒れが気になる人形もいるけれど、適宜、手当をしつつ、飾ってきた。

    一方の、七五三のときに巻いた帯は、未だ色鮮やかに真新しい。写真の中のわたしと妹は、異次元ほどにもはるか遠いのに。

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    展示しているのは、ほとんどが50年以上前の古い着物や帯ばかり。中には大正時代のものもある。たとえば、我がお気に入りの黄色い銘仙(絣)の羽織。アールデコやキュビズムなど、西洋芸術の影響を受けた斬新なデザインが魅力的すぎる。これはリユース着物店で見つけた。

    当時、銘仙は、カジュアルな着物だったようで、ウィキペディアによれば、「女学生や職業婦人などの外出着や生活着として、洋服に見劣りしない、洋風感覚を取り入れた着物である銘仙が広く受け入れられることとなった」とある。
    今の日本よりも遥かに、カラフルでヴィヴィッドな色彩感覚に溢れていたことだろう。

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    このほか、友人Yashoが日本で購入した超絶技法による「西陣織/螺鈿引き箔」の帯を借りて展示。

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    アジャンタ石窟遺跡の、少なくとも1400年以上前に描かれた女性(絞りのトップに絣のボトム)の写真と、母の絞りの着物を一緒に展示。

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    父方祖父母の写真、久留米絣の女学生や、インドとご縁のあった日蓮宗の藤井日達上人の写真など……。

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    インドの女神サラスワティが起源の弁財天。その博多人形。明治時代に日本の若者らによって作られたマジョリカ・タイルのサラスワティ。東南アジアや中国、インドに輸出された無数のカラフルなタイルに彩られた英国統治時代の家具……。

    歴史を綴れば尽きず、物語はあふれる。

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    最終日は、ゆっくりのペースでゲストをお迎えする。実は親しい友人のお母様がお亡くなりになったことから、この日の夕方はお別れの儀式に参加すべく、展示会は早めに切り上げることにしていたのだ。

    午前中はご近所の方が数名ご来訪、午後は、ミューズ・クリエイションの活動にも時折参加されている日本&インドのカップル、そして初日来訪して、再度、ゆっくり訪れたいという学生が、改めて別の友人を伴って訪れた。日本語を学ぶ彼女のおかげで、今回、多くの学生が来訪することになった。小さな出会いから広がるご縁……。

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    以前からこの展示会を楽しみにしていた友人が、急用で参加できなくなる。一方で、たまたま友人に誘われて、急遽、訪問を決める人がいる。すべては「ご縁」であると、このごろは切に思う。

    わたしは学生時代、大学祭実行委員長を務めたのを皮切りに、これまで、数えきれないほどのイヴェントに関わったり、主催したりしてきた。そして、多くの人たちに出会ってきた。その場限りの人たちもいれば、のちのちもご縁が続く人がいる。

    ともあれ、紆余曲折を経て、歳を重ねて、未来の限界が見えてくる今。人との出会いは数ではなく質。老若男女問わず、言葉を交わし、束の間、心を通わせ、前向きな気持ちになれる関係を築ける人たちと、出会い、刺激を与え合いたい。

    ゲストの顔ぶれも多彩な今回の展示会では、その思いを強くした。

    「縁」という言葉が持つ意味を、しみじみと考える。

    わたしたちは、浅い小川に立っている。前方から流れてくる未来は、たちまち後ろへと流れ去る。両手で掬い上げられるのは、ほんのわずか。それらを、大切に、慈しむ。

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    展示会を終えて夕刻、お別れの儀式に向かう。僧侶たちの読経に包まれた、チベット仏教のその儀式は、魂に染み入るものだった。チベット仏教における弔いの在り方を、少し、友人に聞いた。そのときに、本当に驚いたことがある。このことは、多くの日本の方々(特にオウム真理教にまつわる事件を知る世代の人々)にも伝えたく、別途きちんと記したい。

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    ⬇︎展示会の様子がリアルに伝わる動画を作りました。ご覧ください。

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    ニューヨーク在住時の2001年7月、わたしは初めてインドへ飛んだ。夫の故郷ニューデリーで自分たちの結婚式を挙げるためだ。サリーを着たのは、そのときが初めてだった。その2年後、ワシントンD.C.在住時にインドを旅した際、サリーの魅力に引き込まれ、何枚か購入。米国でのパーティでも着用した。

    2005年にインドに移住してからの数年間は、バンガロールだけでなく、出張先の都市や展示会などで多様なサリーを目にし、少しずつ買いためてきた。しかしながら、すでに当時から結婚式などを除いては、パーティでサリーを着るインド友らは少なかった。わたしもまた、ミューズ・クリエイションのメンバーと「サリーランチ」を開催するとき以外は滅多に着なくなった。

    パンデミック時代に、クローゼットの片付けをした。「箪笥の肥やし」になりつつあるサリーを見て「これからは積極的に着よう」と決めた。かつてミューズ・クリエイションのメンバーだったヴァイオリニストのEMIKOさんと「SAREES」というユニットを組み、サリーを着て撮影、Youtube動画を何本もあげるなど、引きこもりの暮らしの中、楽しみを作った。

    ロックダウンの合間に開催されたパーティやイヴェントに、幾度かサリーを着て出かけた。頻度は低いのだが、しかし気づけば「サリーをよく着る日本人女性」という印象を周囲に与えていた。

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    2022年冬、京友禅サリーのプロモーターを依頼され、バンガロールとデリーで2度、展示会を開催した。着物事情に疎かったわたしは「京友禅ってなに?」から始まった。仕事の依頼に伴い諸々を調べ、人に伝えるべく学びながら資料を作り、展示会を終えて、一旦のミッションは完了した。

    その翌年2023年の秋、我々夫婦が所属するグローバル組織YPOの催しで、「日本の食」を語るプレゼンテーションを依頼された。その際、約十年ぶりに浴衣を着た。手持ちはわずか2枚。一枚は高校時代(!)に買ったもの。もう一枚は、十数年前に福岡の中洲川端で買った既製品。久留米絣のシンプルな浴衣は、しかし友人らに好評だったことから、その直後の一時帰国時に浴衣を調達しようと決めた。

    しかし季節は秋。浴衣はない。たまたま立ち寄った新天町の中古着物店で、見事な職人技の着物や帯が二束三文で売られているのを見て驚嘆する。その日、数枚を購入し実家へ帰宅。その後、実家のクローゼットにて半世紀以上も眠っていた母の「ほぼ未着用」の着物や帯を発見! それらをすべてインドに送って、2023年師走、自宅で『着物とサリーの比較展示会』をしたのが端緒だった。

    絣に絞り、更紗……。インドのテキスタイルの影響を受けた日本の呉服。その歴史を紐解くことの面白さ! 以降、半年に一度の一時帰国(都合3回)のたび、展示即売会やリユース着物店へ足を運び、ヴィンテージ(中古)の着物や羽織を探し、少しずつ購入してきた。

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    昨年末、2年ぶりに京友禅サリーの仕事を依頼され、1月に展示会をした。ミッションはすでに終了しているが、現在、十数枚お預かりしている。それらは販売対象だが、着物同様、高価である。気安く購入を勧められるものでもない。まずは優美な丹後縮緬のたなびきや、光沢のある質感や、柔らかな手触りや、その上に広がる職人らの筆の運びの彩りを、直接、見て、触れてほしい。

    だから玄関では、使い捨てスリッパを用意して靴を脱いでもらい、ウェットティッシュで手を拭いてもらい、触って、体験してもらう。百聞は一見にしかず。百見は一触にしかず(坂田の造語😅)。どんなに写真や動画を見たところで、リアルは伝わらない。

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    今回の展示会は、親しい友人複数名が、着物やサリーを見たいというので、開催を決めた。ただ、1日だけだと都合が合わない人がいるため、3日間にした。

    今回はフォトグラファーを頼むつもりはなかったが、展示準備を終えたら「やっぱり記録しておきたい」との思いが湧き上がり、初日の朝、急遽連絡。さすがにその日は無理だったが、2日目には来てもらえた。後日、彼が撮影した動画をアップロードするが、今日のところはiPhoneの写真を。

    インド友らのほかに、かつてミューズ・クリエイションのインターンをしていた学生らやその友人も来訪、久しぶりの再会を楽しみつつの展示を見てもらった。

    この日、バンガロール在住の日本人女性の参加はお一人だけだったが、インド友人らに折り紙を指導してもらった。京友禅柄の、上質な和紙の折り紙は、ただ触れているだけでも、心が沸き立つ。みな、子供のように嬉々として柄を選び、丁寧に、美しく、折っている。とても喜ばれた。

    写真でお分かりいただける通り、絞りの羽織がとても人気だ。前回の展示会で購入し、今回2枚目を買いに来た友人もいた。(3日目の記録に続く……)

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    ⬇︎展示会の様子がリアルに伝わる動画を作りました。ご覧ください。

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    この2年間、京友禅サリーや着物の展示会を何度となく開催してきた。場所もコンセプトも、それぞれが、似て非なる。ブランド・アンバサダーとしてお手伝いをしている京友禅サリーにせよ、個人的に1年半前に目覚めた日本のヴィンテージ着物にせよ、1枚1枚に物語がある。

    そして、インドと深い結びつきを持つ。

    「テキスタイル(布/衣類)」を通して、インダス文明からシルクロード、交易、大航海時代、明治時代の日本とインド綿貿易、第二次世界大戦……と、さまざまな歴史を映す。

    我が家で展示会をするときには、さらに日本の伝統工芸品を展示し、その匠の技や美しさを披露する。すべてが、写真や映像では感じ得ない「肉眼で見つめ、手に触れてこそ」伝わる絶大なる魅力がある。だから、興味があるという友人らには、ぜひ見てほしいと思う。

    今回の展示会は、日本への一時帰国を10日後に控えていることもあり、実施するかどうか、少し迷った。しかし、他に急ぎの用事はないし、タイミングを逸すると次はどうなるかわからない。みな、それぞれに多忙な人たちゆえ、今回は3日間にわけて新居で開催することにしたのだった。

    初日の昨日は、オープン早々、ファッションデザインスクール(The Army institute of fashion and design)の学生ら40名が来訪した。先日MAP (Museum of Art & Photography)で開催されたテキスタイルのシンポジウムを訪れた際、同校の学生が参加していたのだが、そのなかの一人が日本語を学んでいるということで、浴衣姿のわたしに声をかけてくれた。

    わたしが展示会に誘ったところ、彼女は先生にその旨を伝え、先生から訪問を打診された次第。もちろん歓迎だ。結果、40名(20名ずつの入れ替わり2部制)プラス先生2名がスクールバスでやってきた。完全に生きた授業状態である。ミューズ・クリエイションのメンバーやその友人各位もご来訪だったので、交流を図りつつ、ひととき楽しんでもらう。

    途中からはテキスタイルを離れて、完全に若者向けセミナーモードに突入。月光ライブラリにて、手書きの旅ノートや絵葉書、地図の山を見せると、みな目を輝かせる。

    写真を撮る前に、まず自分の目で見ること。バシャバシャと撮るのではなく、本当にこれだと思うシーンに絞り込んで、丁寧に撮ること。クリエイティヴな仕事につきたいのならなおのこと、オリジナリティを育むためにも、手作り、手書きという個性を大切にした方がいい……といったことを具体例を示しながら伝える。

    わたしもまた、インド全国津々浦々からバンガロールに来ている彼女たちのバックグラウンドを聞き、インドの広さと多様性を改めて実感する。

    書きたいことは尽きぬ。

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    怒涛のような数時間を経て、午後からは友人たちがポツポツとご来訪。展示物の説明をしつつも、ゆっくり話ができてよかった。

    かつてのわたしの英語の先生Sibuと、その娘のSahnyaが来てくれたのは、特にうれしいことだった。実は彼女は、わたしが初めて、親身になって指導した「インターン生」なのだ。歴史や文学が好きな彼女は、当時からよく読書をしていた。企業でインターンをするのではなく、わたしのもとで勉強したいと言ってくれ、わたしの過去の旅の記録など、すべて日本語なのに、興味深く見てくれたものだ。

    そして2018年の一時期、共に行動した。慈善団体訪問、日本からの視察旅行の同行、市場調査、ジャパン・ハッバ……。彼女が書いたレポートは、今でもミューズ・クリエイションのブログに残されている。その後、彼女は英国の大学に進学し、今は一時期、バンガロールに戻ってきているのだった。すっかり大人になった彼女との久しぶりの再会が、本当にうれしかった。

    https://museindia.typepad.jp/mss/text-by-sahnya-mehra-2/

    今回の展示会では、友人YashoのサリーブランドMrinaliniの、高品質なサリーも展示販売している。夕方、Yashoのお母様と娘のMrinaliniも来訪。サリーや着物を眺めたあと、彼女もまた、ライブラリのテーブルに散らかったままの本や手書きのノートを見て、強い関心を示す。

    このごろはもう、国境を越えて、わたしはアナログ回帰の伝道者である。

    ランチの写真は、近所に住むYashoからの差し入れだ。もう、料理などしている暇がなかったので、とてもうれしかった。そしておいしかった。

    今日も今日とて、非常に楽しい1日だったが、明日もあるので、今日のところは、おやすみなさい。

    ⬇︎展示会の様子がリアルに伝わる動画を作りました。ご覧ください。

    🎵このバックグラウンドミュージックは、1983年に発売された山口美央子の『さても天晴、夢桜』。高校3年のとき、部屋でラジオを聴いていたときに流れてきたこの旋律と歌詞に、たちまち心を奪われた。『夕顔〜あはれ〜』もこのときに聞いた。

    DJが説明するミュージシャンの名前とアルバム(LPレコード)の名前『月姫』を急ぎメモし、翌日、下校時に、香椎のセピア通りにあった「ヨシダ楽器店」に立ち寄った。ミュージシャン名「ヤ行」に並ぶLPをパタパタとめくり、黄色い鮮やかなジャケットを見つけた。

    彼女がすでに出していた『夢飛行』と『NIRVANA』というアルバムも買った。

    もうずっと昔から、わたしはインドに来ることが定められていたのだと、しみじみ思う。

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    I will be holding a three-day exhibition of “Vintage Kimono & Kyoto Yuzen Sarees Exhibition” on February 27th, 28th and March 1st. DM me if you are interested.

    ◉ Dates / 27th (Thu), 28th (Fri) February and 1st (Sat) March 2025 [3 days]
    ◉ Time: 11AM ~ 5 PM
    ◉ Venue: After the Rain, Total Environment, Yelahanka
    ◉ RSVP / Miho +91 99458-45155 (WhatsApp)

    🇯🇵 わたしは日本を離れて29年、インドに暮らして20年になります。若いころは日本の着物に関心がないどころか、成人式にさえ振袖を着ず、インド以前の米国在住時もカジュアルな服装ばかりでした。しかし、インドでサリーの魅力に開眼し、職人の技に興味を持つようになりました。

    一方、祖国の民族衣装である着物には、依然、関心を持っていませんでした。ところが、一昨年の秋に日本へ一時帰国した際、たまたま故郷の福岡にある中古着物店に立ち寄って衝撃を受けました。職人技が生きた古い着物や帯が、二束三文で売られていること、そして古い着物の多くが処分されている現状を知り驚きました。

    浴衣しか自分で着られなかったにも関わらず、良質ながらも廉価な呉服を購入、加えて、実家に半世紀以上眠っていた、母の古い着物も発掘し、インドに持ち帰りました。そしてこの1年余り、何度か展示会をしました。

    今回はそれらの着物や帯に加えて、わたしがブランド・アンバサダーを務めている「京友禅サリー」も展示します。また、友人のサリーブランドMrinaliniの、高品質ながらも良心的な価格のサリーも販売する予定です。

    多くの方に日本とインドの伝統美を体験していただきたく、関心のある方はお気軽にご連絡ください。

    🌸Related Videos/関連動画

    *Kyoto Yuzen Sarees 京友禅サリー (2024)

    *Comparative Exhibition of Kimonos and Sarees  着物とサリーの比較展示会(2023)

    *Kyoto Yuzen Saree/ Background and Exhibition in Bangalore 京友禅サリー の背景とバンガロールでの展示会 (2022)

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    バンガロール中心部、UBシティのそばに数年前オープンしたミュージアムMAP (Museum of Art & Photography)。パンデミック時代の最中からオンラインでの催しが開始されていたが、開館後は常設、特設展示以外にも、さまざまなプログラムが企画されている。一昨日は、テキスタイルのシンポジウムが開催されるというので、予約し訪れた。

    ランチを挟んで、終日のプログラム。テキスタイルとはファッションに止まらぬ、人類の歴史や文化、各国の交易、思想、経済、産業を語る上で不可欠な存在だ。

    わたしがセミナーで毎回語っている明治維新以降の日本とインドに関わりにおいても、その交易史の肝となったのは綿貿易だ。1893年、タタ・グループ(綿貿易会社として創業)の創始者であるジャムシェトジー・タタが来日し、渋沢栄一と会合。その年に、日本とインドが綿花の直接取引をすべく、日本郵船を通して日印の定期航路を開設した。ここから近代における日印の交流が活発になる……。

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    この日はまず、カディ (Khadi)やカラムカリ(Kalamkari)と呼ばれる、インドで最も古いテキスタイル技術の背景について学んだ。カディとは手紡ぎ、手織りの布のこと。現在は一部「機械化」されているものもあるようだが、 ともあれ、英国統治時代、ガンディーがイギリスの機械織りの布に対抗し、カディを推奨したことでも知られる。このあたりの詳細は「インド・ライフスタイルセミナー」の動画でも詳しく説明しているので、関心のある方がご覧いただければと思う。

    カラムカリとは、ペルシャ語の「カラム」と、職人技(仕事)を意味する「カリ」に由来する言葉で、布地に手描きまたはブロックプリントを施したものを指す。「京友禅」と共通の世界だということもあり、興味深い。

    天然染料や綿、地理、農業、水……。布作りを巡るさまざまな事柄を学ぶ。途中、ミュージアム内に展示されているカラムカリを眺める。

    尽きぬ。

    茜(あかね)についての学びもあった。日本茜はアカネ科の蔓性多年草で、本州、四国、九州などの山野に自生するものらしいが、インドでは、Rubia cordifolia L.というインドアカネが赤を生み出す天然染料として知られている。このところ、「日本の赤」転じて「日本茜」について関心を抱いていたので、好奇心は益々刺激された。

    ……書きたいことは募るが、情報量が多く、専門性が高すぎるので、写真をシェアするにとどめたい。

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    この日は、有松絞りの浴衣を着て出かけた。いつものように、ほぼ100%「Bandhani(インド古来の絞り染め)で着物を作ったのね?」と言われる。この色合いが特に、Bandhaniテイストに似ていることもあり、日本においても伝統的な手法なのだと言っても、あまりにもインドの絞り染めと似ていることから、すぐに理解してもらえないのだ。

    テキスタイルやファッション、アートに関心がある人との繋がりの場においては、個性が際立つ服装で出かけた方が、出会いの機会も増える。この日も、何人もの人たちから声をかけられた。うち2人は日本在住経験があり、さらに別の2名は、日本語を話すことができるなど……。未来につながる出会いがあった。

    会場は、予想に反して、大半が若い学生らだった。ファッションスクールなどに在籍する学生が、授業の一環として訪れているという。ちなみにこの日のプログラムは、ランチやティーを含んで「無料で」参加できるものだった。バンク・オブ・アメリカと同ミュージアムの協調で実現しているフィランソロピー。インドの芸術や歴史を学ぶ場を若い世代へコンスタントに提供するミュージアムの有り様に、改めて感銘を受ける。
    思うところ多々あるが、今日のところはこの辺で。

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    ​◉インドで生まれ、日本で育ち、再びインドへ。歴史豊かな絞り染めの世界。Born in India, raised in Japan, and now back in India. The history-rich “Shibori”.
    https://museindia.typepad.jp/2021/2021/09/shibori.html

    【インド・ライフスタイルセミナー動画】

    ①多様性の坩堝インド/多宗教と複雑なコミュニティ/IT産業を中心とした経済成長の背景/現在に息づくガンディの理念

    ③明治維新以降、日本とインドの近代交流史〈前編〉人物から辿る日印航路と綿貿易/からゆきさん/ムンバイ日本人墓地/日本山妙法寺

    【MAP (Museum of Art & Photography)関連の記録】

    🥻創設者の誕生日パーティ@MAP (Museum of Art & Photography)

    🎨今度はACT MUZ企画でミュージアム見学。『ラーマーヤナ』を軸に学ぶ、時空を越えるインド世界の今昔

    🎨圧倒的な、細密画の緻密さ! 黄金の『ラーマーヤナ』。そしてまた、ハンピ旅情(2024/2)

    🎨出会いのころを思い出し、既知の人々と再会。McKinsey のアラムナイ@MAPミュージアム(2024)

    🎨MAP/ Museum of Art & Photography バンガロールに芸術の拠点が誕生。(2022)