不易流行 〜インドのファッション&ビューティ〜

FASHION & BEAUTY in INDIA/インドの多様性を映す民族衣装サリー情報をはじめ、昨今のファッションやジュエリー、コスメティクスのトレンドをご紹介。

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    写真ホルダーの中に、使いたかったが未使用な写真が蓄積されていく。忘れないうちに、せめて布系だけは、こちらにアップしておこうと思う。

    ホームページなMuseIndia.infoも、なんだか放置状態。そうこうしているうちに2011年が終わっちまうぜ。

    まさに、めまいのようだわ。

    それにしても、iPhone めまい。どう思います? ほんと、天井全体iPhone画面状態には、笑えましたよ。

    で、布の写真はもう、キャプションなしでどんどん載せます。裏世界は布ファンが多いので、載せるだけでノープロブレムでしょう。

    どうぞ、拡大しつつ、じっくりご覧ください。

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    失礼。またのっけから、毛虫、いや蚕の写真を載せてしまったよ。いちおう、シルク祭り。蚕に敬意を表する意味でね。

    もちろん、生きてます。

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    あ〜、やっぱ説明が必要やね。左上は、養蚕の様子。このあたりの養蚕農家、こんなの使ってます。

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    これは婚礼衣裳のサリー。金糸銀糸が折り込まれている。

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    表ブログにも載せたけれど、これも婚礼衣裳。金糸がまばゆい! けれど、これは派手派手しすぎず(なのか?)、いい感じであった。

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    これは銀糸が用いられているらしい。ダイナミックなクジャク。

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    左上は、どうにもついていけない色彩感覚だが、右上は、いい感じ? 上品に見える。とても上品に。これ、ちゃんと見てくればよかったな。と、今更ながら。

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    インドはディワリ(光の祭り&ヒンドゥー教の正月)を前にして、浮き足立っている。というか、休暇に突入している人、山のごとし。

    わたしたちも急遽、来週ゴアへ行くことになった。

    わたしは「新しい地」を旅したかったのだが、マイハニーがラグジュリアスでロマンティックなビーチリゾートでのんびりしたかったらしい。

    ラジャスターンに行きたいという願望は、「暑いから、やだ」のひと言で、一蹴された。

    今は少しは涼しかろうに。

    やっぱり来年は、一人旅を敢行するぞ! ああ、そう言いながら、幾星霜。

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    OWC主催の毎年恒例India Night。久しぶりに今年、出席した。基本的にはチャリティのファンドレイジング、資金集めのためのこのパーティ。

    ドレスコードは「インドの正装」ということで、バンガロール在住の外国人たちが、気合いをいれてインド服を着る夜である。

    わたしはといえば、今年のIndia Nightのポスターなどに用いられているデザインに着目。まさに同系色のロータル柄のサリーを、先日のネイチャーバザール、DASTKARにて購入していたので、着ていくことにした。

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    夫も久しぶりに「シャルワニ」を着用。どことなく、「仮装?」な感はいなめないが、基本、インド人である。似合うのである。

    但しターバン風の帽子が「会社のイヴェントでのもらいもの」という安っぽさ。しかしまあ、誰も気づかんやろうということで、一応、持参する。

    さて、会場は市内の高級ホテル、THE LEELA PALACE。受付でいきなり出会ったのは、「Tシャツ対決」の相手、F氏である。

    双子かよ! なツーショットだ。異国籍兄弟。

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    なんと。F氏も同じ「安い感じ」のターバンを着用。ちなみに彼も、「もらいもの」らしい。

    しかも二人揃って背丈が同じ。横はマイハニーがかなり太いが。年齢も同じ。

    それにしても、マイハニーの「気をつけ!」な足が、なにやらキュートだ。

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    まずはカクテルの会場。男女問わず、きらびやかなファッションで楽しい。

    サリーを着慣れていなくても、欧米人の多くは、堂々と着こなしているのが印象的。モダンなパーティ向けが目立つが、伝統柄を上品に着ている人もいる。

    しかし、外国人が古典的に「ジャスミンの花」などを髪につけると、ちょっと野暮ったくなるから難しい。

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    左上の男性のスタイルがとても気に入った。特にピンクのターバンがすてき。マイハニーにも、このような「お洒落系インド伝統服」を調達すべきだろう。

    妻ばかり、サリーの枚数を増やしている場合ではないのである。

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    しばらくカクテルタイムが続いたあと、場所をバンケットホールに移しての夕食&イヴェント。

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    OWCのメンバーがモデルになってのファッションショーあり、ダンスあり、ラッフルありと、盛りだくさんの企画だ。

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    そして最後はお決まりの、ボリウッドなダンスパーティ。非常にインド的な展開である。飲んで食べて躍って、毎度、身体に悪そうなパーティの運びだ。

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    これは、お土産にいただいたチョコレート。バンガロールに拠点を置く “BLISS CHOCOLATE”。数年前にオープンした。

    ここのチョコレートがかなり美味。輸入チョコレートを買わずとも、このチョコレートで十分いける! ただ溶けやすいのが玉に瑕。

    暑い車の中に放置して、どろどろにさせてしまったことがあるので要注意だ。もっとも、どろどろに溶けたものを再び冷暗所で固めて、怪しい形状のものを食べたのだが、それはそれでおいしかった。

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    というわけで、愉しき土曜の夜であった。

     

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    現在、バンガロールのパレスグラウンドで、SILK USTAV 2011と冠する「シルク祭り」が開催されている。ということを、今朝の新聞記事で知った。

    自称日印サリー大使としては、行っておくべきであろう。

    というわけで、午後、赴いた。

    「インド各地のテキスタイルが一堂に会する」とあるが、この催しは、ここカルナータカ州や、お隣タミルナドゥ州の商品が目立つ。ローカル色が強い。

    特に今回は、タミルナドゥの「カンチプーラム」のシルクが豊富に見られた。金糸銀糸を用いた、非常にカラフルできらびやかなサリーもある。

    色彩のコントラストが鮮やかで、光沢が強いものが多い。個人的には、さほど好きではない。

    つまりは、「これが欲しい!」と思うものが、今日はあまり目に飛び込んでこなかった。だからむしろ、少し安心して、ゆっくりと巡れた。

    サリーそのものの写真も撮影してきたが、今日は、訪れていた人々のサリー姿の派手さに目が留まる余裕があった。

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    ムンバイとも、デリーとも異なる、女性たちの装い。もっともサリーフェアに来る人たちは、ファッションも封建的な人が少なくない。

    伝統的かつ典型的な南インドの女性たちの装いを、ここでざっとご紹介したい。

    主にはサリー、そしてサルワールカミーズ姿の女性たちを。

    色彩の豊かさに、目がちらつく。好みの布を見つけることがいかにたやすくないかを、感じ取っていただけるかと思う。

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    次回は、売られている布の様子を、ご紹介したい。

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    本日は、第15回チャリティ・ティーパーティを開催した。

    前回に引き続き、今回も『インドのテキスタイル&サリーの着付け講座』を行うことにした。

    『スパイスとインド料理講座』と並んで、現在、リクエストの多い講座だったこともあり開催を決めたのだが、他の講座と違うのは、人数が多すぎると収拾がつかなくなること。

    これまで、一番多い時には40名近くが集まったが、サリーは前回の20名が限度。今回、案内を送ったところ、いい塩梅でちょうど20名から参加希望の連絡があったのだった。

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    空は青く澄み渡り、涼風も心地よく、緑は鮮やかで、非常に心地のよい天気だ。我は、「ワクワク動物柄」の、バラナシ・シルクのサリーを着用で、おもてなし。

    先月の『日印グローバル・パートナーシップ・サミット』の折、観光庁長官の溝畑氏より「仏陀のようですね」と言われた、あのサリーだ。

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    いつものように、前夜のうちに、菓子類を数種類、作って準備をしておく。これもまた、自分の楽しみのひとつ。夫にとっても、あれこれと味見ができて、楽しみのひとつ。

    開場のあと、1時間ほどお茶とお菓子、そして会話を楽しんでいただいた後、講座の開始。実際にサリーを見ていただきながらの説明だ。

    みなさん、それはもう、たいへんな関心の寄せよう。

    日本へ帰国した時もそうだったが、目の前でど〜んと5メートルの布を広げられる、というシチュエーションそのものに、かなり力がある。

    人々を、「おお〜っ!」と驚かせるパワーがある。

    そこにきて、精緻な刺繍や織りや絞りが広がっているとなるともう、眺めて、触れて、撮らずにはいられないらしい。

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    インド各地の、それぞれに個性ある布を間近に触れていただいた後は、気に入ったサリーを選んでの試着タイム。

    わたしはといえば、前回、みなさんの着付けを手伝ってぼろぼろになってしまった教訓を生かし、講座が終わった直後に服を着替える。

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    皆さんが熱心にサリーを選ぶ様子に、半ば茫然としつつも(写真右上)、ここからは体力勝負だ。

    着付けをし、記念撮影をし、それはもう、前回に勝るとも劣らぬ熱気。20名が40名に膨れ上がったくらいの濃密さだ。

    二人一組になって、交替で1着ずつを着ていただく、というコンセプトだったのだが、気がつけば、一人で、3着、4着と試している人たちもいて、実に盛況なムード満点だ。

    自称『日印サリー大使』の我としては、こうして多くの方々に、インドのテキスタイルの魅力を体験してもらえることは、たいそう有意義なミッション遂行である。

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    ところで肝心のチャリティ活動であるが、本日は合計6800ルピーが集められた。前回、前々回の寄付金とまとめて、近々、慈善団体を訪問する予定だ。

    行き先については、近々決定し、参加者を募って出かけたいと思っている。

    ■MSS: Muse Social Service インド発 地域社会とのコミュニケーション

  • 24day01

    日本から戻って、実はすでに大小5つもの展示会に出かけた。そのすべてが「手工芸品関連」である。

    バンガロールで開催される展示会が増えてきた気がする昨今。

    詳細はさておき、上の写真は昨日、ブティック群のRAINTREE(←Click!)の一室で行われた際に撮った。

    バンガロール出身のテキスタイルデザイナー、MITA。彼女は現在、「チカンカリ刺繍」の故郷であるラクナウに嫁ぎ、暮らしている。

    年に二回ほど、彼女自身がデザインしたテキスタイル <サリーや、サルワールカミーズのマテリアル、ストールなど> を販売するため、バンガロールを訪れているという。

    チカンカリ刺繍といっても、そのクオリティ、意匠はピンからキリまで。個人の好みもあるだろうが、その世界をひと言で語るのは難しい。

    安い物から高価な物まで、値段の幅も広い。

    彼女の作品は、主にシルク&コットンの混紡のテキスタイルを使用。精緻ながらも重くなりすぎない、「ほどよく麗しい」刺繍が印象的だ。

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    特にペイズリー柄の意匠が気に入った。値段も、ブティックなどで購入するよりは遥かに安いし、選択肢も広い。

    自称日印サリー大使としては、看過できない。気に入った数枚の中から絞り込んで一枚を購入。そのほか、ストールも1枚買い求めた。

    今回、日本に帰国した際、インドのテキスタイルに関心を示す人が少なくないことを実感した。そもそも興味がなくても、目の前に広げられると、引きつけられる魅力。

    日本のどこか(多分、福岡)で、「インドサリー展&着付け体験」を実現したい。

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    ところでここ数日は、快晴が続いている。そろそろ、ようやく、モンスーンが明けるころだろうか。

    この青空を見ると、ここが標高900メートルを超えるデカン高原なのだ、ということを、実感する。この豊かな緑が、いつまでもこの都市を潤してくれることを願う。

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    ところで、日本から持ち帰った夫への土産。毎度おなじみの「福砂屋のカステラ」に始まり、チョコレート(今回はいつものガーナではなく、ハイミルク)などなど。

    それに加えて、「ユニークなTシャツを買ってきて!」とのリクエストを受けていた。ニューヨークのユニクロで時折買っていた、日本企業とコラボのTシャツが気に入っているのだ。

    Kiku これまでにも、菊正宗だの、七味唐辛子だの、ゴルゴ13だののTシャツ購入。

    かなりお気に召していた。

    右の写真は、その一例だ。

    ともあれ、類似コンセプトのTシャツが欲しかったらしい。

    このリクエストが最も「難しい」ものであった。

    日本のユニクロのサイトを見てみたが「これ!」と言ったものが見つからない。

    だからといって、天神あたりをふらふらと歩いていて、突然「ユニークTシャツに遭遇する」という確率も低い。

    というわけで、諦めていたのだが……発見したのだ。博多駅で。

    思わず、飛びついたね。

    24day11 昨日の朝の、夫である。

    出勤準備をする彼。

    「今日は、カジュアルフィライデーだから」

    と、この姿で出勤だ。

    いいのか?

    「ねえ、これなんて読むの?」と、夫。

    「キュウシュウ・ダンジ」

    「キュウシュウ・ガンディー?」

    出勤前に再び。

    「これ、キュウシュウ・ダイジン、だっけ?」

    最早、なんでもいいよ。という話である。

    さて、フライデーナイトな昨夜。夫をオフィスまで迎えに行き、共に向かうはUBシティの近くに最近オープンしたマイクロブリュワリー、Biere Clubへ。

    ここで日本の友人知人らと会う約束をしていたのだ。というわけで、「九州男児なTシャツ」である。

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    わたしがFacebookに載せていたマイハニーの写真をチェックしていたF氏。

    九州男児に対抗すべく「男山」で登場。彼はユニクロTシャツのコレクションが豊富なようで、これは新しい一枚をおろしたらしい。

    なかなかにいい感じのコンビネーションだ。

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    実はOctober Festの一環としてのこの集い。まだ9月だけど。

    思い返せば、昨年の今頃は、母が遊びに来ていた。我が家に友人らを招いてOctober Festを開催したものだった。

    あれから1年近くもたってしまったとは。すでに遠い記憶。

    ■プチOCTOBER FEST@マルハン家 (←Click!)

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    途中でわけのわからんゲームをしたり(させられたり)、その後は、ホテルのクラブに場所を変えて踊ったりと、なんともはや、賑やかなフライデーナイトであった。

    マイハニーが妙に楽しそうだったで、なによりだ。ところで、参加者の中に、大学生のインターン生がいたのだが、初対面のわたしたちをして、

    「会社の同僚ですか?」

    と尋ねられた。なにやら、新鮮な感じである。

    同僚にしては、馴れ馴れしすぎるやろ。と思いながら、そうか。知らない人には夫婦には見えんだろうな。とも思う。

    24day12 わたしたち、夫婦です。

    わたしが着ているのは、なんだか知らないうちにゲームに勝利しており、店からもらったTシャツである。

    九州男児&男山のインパクトには敵わんが、とりあえず。

    さて、今日はこれから、ファミリーフレンドに招かれて、なぜか「女性だけ」のランチ会

    「なんで、女性だけ?」

    とご機嫌斜めなマイハニーを放置して、行って来ます!

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    久留米絣(かすり)。それは、祖母の時代の衣類であり、その井桁模様がモンペの象徴であり、子供の頃には「古くさいイメージ」が先行する布であった。

    インドに暮らし始め、サリーを通して、テキスタイルに強い関心を抱くようになった。さまざまな工芸品店で、インド各地の伝統的なテキスタイルに触れる。

    あるときは、絞り染め。あるときは、刺繍。あるときは、織り。そのときどきで、異なる地方の、異なる絹や綿の織物に関心を持ち、買い求めて来た。

    昨年の終わり頃から、「マイブーム」となっていたのは、絣。オリッサ地方のイカットに、興味を持つようになっていた。

    『裏ブログ』には詳細を記したが、オリッサの青年が1年半かけて織ったマスターピースを購入したことで、イカットへの関心は益々、高まったのだった。

    今回、福岡へ帰郷した際、1日は、人と会う約束を入れない日を設けようと思っていた。そして、久留米へ行ってみたいと思っていた。

    日本の絣の三大産地のひとつである。

    最後まで、連絡がつかない人もあったので、前夜まで予定を確定することができなかったのだが、結果的に昨日、丸一日があいたので、久留米へ足を伸ばすことにした。

    インターネットで調べたところ、八女郡の広川町に、久留米絣の工房が集中しており、折しも9月17日には「かすり祭り」を開催するとのことで、なんとなく、活気が感じられた。

    工房を束ねている産業会館に連絡をしたところ、見学のコーディネーションもしてくださるとのことだったので、広川まで訪れることにした。

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    近所のJR千早駅から、鹿児島本線に乗り、羽犬塚で降りる。約1時間の列車の旅。途中で、3月に開業したばかりの九州新幹線を眺めつつ、田園地帯を走る。

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    羽犬塚の駅からは、タクシーで広川町まで。15分ほどの距離だ。運転手さんによれば、このあたりは気候が安定しており、農作物を育て易い環境なのだとか。

    名産の八女茶をはじめ、ブドウやナシ、モモ、イチゴ、キウイなどの果実が生産されている。もちろん、水田もみられる。

    米を収穫したあとは、小麦を育てるところもあるという。ただし、小麦を育てると、収穫が5月、6月となるため、稲を植えるのが遅れるとのこと。

    「3月の震災の影響は、なにかありますか?」

    と尋ねれば、

    「いやあ、申し訳ないが、まったくないですよ。だいたい、こんなところで節電なんかしたらもう、町がまっくらになりますから」

    とのこと。確かに。それでなくても、ここ数年間のうちにも、夜、近隣の繁華街へ出かける人が増え、タクシーの仕事も少なくなる一方だとのこと。

    思えば一昨日、中洲で拾ったタクシーの運転手さんも言っていた。彼らの給与の相場の低さに、愕然とさせられたものである。この件については、また改めて記したい。

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    それにしても、暑い。午前中にして、すでに30℃を超えている気配。

    バンガロールの気候が、本当に恋しい。のどかな田園地帯を散歩したい……などと考えるのは、自殺行為だと思えるほどの、激しい日射だ。

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    産業会館では、久留米絣製品のほか、名産の「八女茶」ほか食料品などが販売されている。

    広川町には、久留米絣の手織り、機械織り双方合わせ、十数の工房、工場が点在しているという。それらの商品などが陳列されているらしい。

    さて、併設されているオフィスにて、広川町商工会の方々とごあいさつ。

    お問い合わせしてくださった結果、山村健(やまむらたけし)さんの「藍染絣工房」が、見学をさせてくださるとのことで、車で送ってくださった。

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    のどかな田園地帯を走り抜ける。空気が澄み渡っているせいか、緑や青空がまばゆく、本当に美しい。

    福岡市内からさほど遠くもなく、久留米にも近く、こういうところに暮らすのもいいのではないか、と思える土地だ。

    14kurume22 軒先には綿花が干されている。

    古びた日本家屋の情趣がまた、懐かしく、いい。

    突然の来客を出迎えてくださったのは、山村健(たけし)さんと、奥様の羊候(ようこう)さん。

    健さんは、西日本新聞の『激変するインド』を読んでくださっているらしく、わたしの名前をご存知であった。

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    奥様が着ていらっしゃるのは、もちろん、久留米絣。

    久留米絣は、着れば着るほど、洗われて渋みが落ち、色が鮮やかに浮き上がると同時に、肌触りがこなれてくるとのこと。

    このトップは、もう20年ほども着ていらっしゃるらしい。

    木綿の味わいが、歳月を重ねて肌になじみながら変化していくさまに、ひかれる。藍の濃淡が、美しい。

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    これは、蓼(たで)科の藍草(あいくさ)と呼ばれるもの。右上は、天火干しをしたもの。これに水をかけ、腐敗させ、「すくも」を作るという。

    左下の写真がそれだ。通常、すくもは他から取り寄せているらしいが、これは少量を作ってみたものらしい。

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    すくもをアルカリで溶かし、水飴やブドウ糖などを加えることで発酵させ、染料とする。右上の写真がそれだ。色の異なる4つの染料の龜が一セットになっている。中央は、火種を入れる場所。

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    今回は突然、来訪してしまったが、あらかじめ、見学を申し出ておけば、藍染めの様子を見せてくださるとのこと。

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    一隅には、手織りの織機が置かれている。今となっては、新しい織機が売られている訳でなく、部分的に修理をしながら使われているとのこと。

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    工房の見学を終えたあと、屋内に通していただく。藍色に満ちあふれた部屋。和室によく似合う色合いだ。

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    久留米絣の歴史は、江戸時代後期に遡る。そもそも、絣はインドを起源にして、東南アジアを経由し、琉球を経て日本にたどりついたとの説がある。

    しかし、久留米絣の場合は、今から約200年前、井上伝(でん)という、当時12歳だった少女のインスピレーションによって誕生した技術として、継承されている。

    健さんは、ちなみに四代目だとのこと。

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    久留米絣は、図案作りから最後の仕上げとなる整反まで、約30もの行程がある。各工程に経験と技を要する非常に難しいものだという。

    特に、たてよこ絣と呼ばれる経(たて)糸、緯(よこ)糸を交差させて織る技術は、以前も記したが、インドと、インドネシアのどこかの島と、日本にしか残っていないという。

    その技法の困難さは、インドの工芸品展で認識しており、だからこそ、今回、絣の作業工程について、きちんと見たいと思ったのだ。

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    白い糸で綿糸をくくり、藍で染めたとあと、たて糸、よこ糸の柄を合わせながら、織る。しかし、その柄をきちんと合わせるのが簡単ではない。ということは、見ていて、わかる。

    一人の人間がつきっきりでの作業ではないとはいえ、一反を織り上げるのに、2カ月ほどを要するという。

    ちなみにこの山村さんの工房では、図案ができてから、3〜4カ月を要するとのこと。

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    実は、若い職人さんがいらっしゃるということで、もう一軒、訪れる予定だったのだが、あいにく来客があるとのことで、訪問が叶わなかった。

    と、羊候さんが、お茶菓子だけでなく、昼食まで出してくださり、本当にありがたい。盆の上には、界隈の自然の産物が、ちりばめられていて、それがまた、美しい。

    ところで、わが「坂田家」の祖先が、このあたりらしく、坂田姓が多いのだとか。2軒目に訪れようとしていた工房も「坂田織物」という名であったので、ひょっとすると、遠い遠い昔に、ご縁があったのかもしれない。

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    左上の筒状になっているのは、たて糸の束。860本の糸が、整然と並べられている。これが1本でも欠けると、柄がきれいに揃わないのだ。それだけでも、最早、気が遠くなる感じである。

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    その後、隣接する別の織りの工房を見学させてもらう。

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    右上が、よこ糸の写真。たてとよこを、交差させながら、織り進める。ということを、言葉では、とてもうまく説明できない。

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    広川町の絣について、詳しく知りたい方は、下記のサイトへ。

    ■広川町商工会
    ■広川町観光協会

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    明日17日から2日間、年に一度、開催される「かすり祭り」については、上記のサイトにも記されている。ここでは、各工房の作品を直接購入できるのだという。

    各地の「久留米絣ファン」が一堂に介するとのことで、作り手と、買い求める人々が交流できる、貴重な機会のようだ。

    なお、「新風 久留米絣」をキャッチフレーズに、和服ではなく洋服に仕立てた衣類も増えているようだ。

    山村さんの工房見学を終えたあと、産業会館へ戻り、なにか記念に買おうと、あれこれと探した。

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    かなり時間をかけて、試着してみたのだが、あいにく「これ!」というものが見つからず。

    羊候さんが着ていらしたような、シンプルなデザインで、普段に着こなせるものが欲しかったのだが、ちょっと残念。

    まだまだ、書いておきたいこと、載せておきたい写真はたくさんあるのだが、ひとまず、備忘録として断片をここに残しておく。

    次回の西日本新聞の『激変するインド』では、インドのイカット(かすり)の話と絡めながら、今回の工房見学についてを記したいと思う。

    わずか1200字で、うまくまとめることができるかどうか。がんばってみよう。

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    ■藍染絣工房 山村健(←Click!)

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    久留米絣(かすり)。それは、祖母の時代の衣類であり、その井桁模様がモンペの象徴であり、子供の頃には「古くさいイメージ」が先行する布であった。

    インドに暮らし始め、サリーを通して、テキスタイルに強い関心を抱くようになった。さまざまな工芸品店で、インド各地の伝統的なテキスタイルに触れる。

    あるときは、絞り染め。あるときは、刺繍。あるときは、織り。そのときどきで、異なる地方の、異なる絹や綿の織物に関心を持ち、買い求めて来た。

    昨年の終わり頃から、「マイブーム」となっていたのは、絣。オリッサ地方のイカットに、興味を持つようになっていた。

    『裏ブログ』には詳細を記したが、オリッサの青年が1年半かけて織ったマスターピースを購入したことで、イカットへの関心は益々、高まったのだった。

    今回、福岡へ帰郷した際、1日は、人と会う約束を入れない日を設けようと思っていた。そして、久留米へ行ってみたいと思っていた。

    日本の絣の三大産地のひとつである。

    最後まで、連絡がつかない人もあったので、前夜まで予定を確定することができなかったのだが、結果的に昨日、丸一日があいたので、久留米へ足を伸ばすことにした。

    インターネットで調べたところ、八女郡の広川町に、久留米絣の工房が集中しており、折しも9月17日には「かすり祭り」を開催するとのことで、なんとなく、活気が感じられた。

    工房を束ねている産業会館に連絡をしたところ、見学のコーディネーションもしてくださるとのことだったので、広川まで訪れることにした。

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    近所のJR千早駅から、鹿児島本線に乗り、羽犬塚で降りる。約1時間の列車の旅。途中で、3月に開業したばかりの九州新幹線を眺めつつ、田園地帯を走る。

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    羽犬塚の駅からは、タクシーで広川町まで。15分ほどの距離だ。運転手さんによれば、このあたりは気候が安定しており、農作物を育て易い環境なのだとか。

    名産の八女茶をはじめ、ブドウやナシ、モモ、イチゴ、キウイなどの果実が生産されている。もちろん、水田もみられる。

    米を収穫したあとは、小麦を育てるところもあるという。ただし、小麦を育てると、収穫が5月、6月となるため、稲を植えるのが遅れるとのこと。

    「3月の震災の影響は、なにかありますか?」

    と尋ねれば、

    「いやあ、申し訳ないが、まったくないですよ。だいたい、こんなところで節電なんかしたらもう、町がまっくらになりますから」

    とのこと。確かに。それでなくても、ここ数年間のうちにも、夜、近隣の繁華街へ出かける人が増え、タクシーの仕事も少なくなる一方だとのこと。

    思えば一昨日、中洲で拾ったタクシーの運転手さんも言っていた。彼らの給与の相場の低さに、愕然とさせられたものである。この件については、また改めて記したい。

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    それにしても、暑い。午前中にして、すでに30℃を超えている気配。

    バンガロールの気候が、本当に恋しい。のどかな田園地帯を散歩したい……などと考えるのは、自殺行為だと思えるほどの、激しい日射だ。

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    産業会館では、久留米絣製品のほか、名産の「八女茶」ほか食料品などが販売されている。

    広川町には、久留米絣の手織り、機械織り双方合わせ、十数の工房、工場が点在しているという。それらの商品などが陳列されているらしい。

    さて、併設されているオフィスにて、広川町商工会の方々とごあいさつ。

    お問い合わせしてくださった結果、山村健(やまむらたけし)さんの「藍染絣工房」が、見学をさせてくださるとのことで、車で送ってくださった。

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    のどかな田園地帯を走り抜ける。空気が澄み渡っているせいか、緑や青空がまばゆく、本当に美しい。

    福岡市内からさほど遠くもなく、久留米にも近く、こういうところに暮らすのもいいのではないか、と思える土地だ。

    14kurume22 軒先には綿花が干されている。

    古びた日本家屋の情趣がまた、懐かしく、いい。

    突然の来客を出迎えてくださったのは、山村健(たけし)さんと、奥様の羊候(ようこう)さん。

    健さんは、西日本新聞の『激変するインド』を読んでくださっているらしく、わたしの名前をご存知であった。

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    奥様が着ていらっしゃるのは、もちろん、久留米絣。

    久留米絣は、着れば着るほど、洗われて渋みが落ち、色が鮮やかに浮き上がると同時に、肌触りがこなれてくるとのこと。

    このトップは、もう20年ほども着ていらっしゃるらしい。

    木綿の味わいが、歳月を重ねて肌になじみながら変化していくさまに、ひかれる。藍の濃淡が、美しい。

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    これは、蓼(たで)科の藍草(あいくさ)と呼ばれるもの。右上は、天火干しをしたもの。これに水をかけ、腐敗させ、「すくも」を作るという。

    左下の写真がそれだ。通常、すくもは他から取り寄せているらしいが、これは少量を作ってみたものらしい。

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    すくもをアルカリで溶かし、水飴やブドウ糖などを加えることで発酵させ、染料とする。右上の写真がそれだ。色の異なる4つの染料の龜が一セットになっている。中央は、火種を入れる場所。

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    今回は突然、来訪してしまったが、あらかじめ、見学を申し出ておけば、藍染めの様子を見せてくださるとのこと。

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    一隅には、手織りの織機が置かれている。今となっては、新しい織機が売られている訳でなく、部分的に修理をしながら使われているとのこと。

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    工房の見学を終えたあと、屋内に通していただく。藍色に満ちあふれた部屋。和室によく似合う色合いだ。

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    久留米絣の歴史は、江戸時代後期に遡る。そもそも、絣はインドを起源にして、東南アジアを経由し、琉球を経て日本にたどりついたとの説がある。

    しかし、久留米絣の場合は、今から約200年前、井上伝(でん)という、当時12歳だった少女のインスピレーションによって誕生した技術として、継承されている。

    健さんは、ちなみに四代目だとのこと。

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    久留米絣は、図案作りから最後の仕上げとなる整反まで、約30もの行程がある。各工程に経験と技を要する非常に難しいものだという。

    特に、たてよこ絣と呼ばれる経(たて)糸、緯(よこ)糸を交差させて織る技術は、以前も記したが、インドと、インドネシアのどこかの島と、日本にしか残っていないという。

    その技法の困難さは、インドの工芸品展で認識しており、だからこそ、今回、絣の作業工程について、きちんと見たいと思ったのだ。

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    白い糸で綿糸をくくり、藍で染めたとあと、たて糸、よこ糸の柄を合わせながら、織る。しかし、その柄をきちんと合わせるのが簡単ではない。ということは、見ていて、わかる。

    一人の人間がつきっきりでの作業ではないとはいえ、一反を織り上げるのに、2カ月ほどを要するという。

    ちなみにこの山村さんの工房では、図案ができてから、3〜4カ月を要するとのこと。

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    実は、若い職人さんがいらっしゃるということで、もう一軒、訪れる予定だったのだが、あいにく来客があるとのことで、訪問が叶わなかった。

    と、羊候さんが、お茶菓子だけでなく、昼食まで出してくださり、本当にありがたい。盆の上には、界隈の自然の産物が、ちりばめられていて、それがまた、美しい。

    ところで、わが「坂田家」の祖先が、このあたりらしく、坂田姓が多いのだとか。2軒目に訪れようとしていた工房も「坂田織物」という名であったので、ひょっとすると、遠い遠い昔に、ご縁があったのかもしれない。

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    左上の筒状になっているのは、たて糸の束。860本の糸が、整然と並べられている。これが1本でも欠けると、柄がきれいに揃わないのだ。それだけでも、最早、気が遠くなる感じである。

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    その後、隣接する別の織りの工房を見学させてもらう。

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    右上が、よこ糸の写真。たてとよこを、交差させながら、織り進める。ということを、言葉では、とてもうまく説明できない。

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    広川町の絣について、詳しく知りたい方は、下記のサイトへ。

    ■広川町商工会
    ■広川町観光協会

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    明日17日から2日間、年に一度、開催される「かすり祭り」については、上記のサイトにも記されている。ここでは、各工房の作品を直接購入できるのだという。

    各地の「久留米絣ファン」が一堂に介するとのことで、作り手と、買い求める人々が交流できる、貴重な機会のようだ。

    なお、「新風 久留米絣」をキャッチフレーズに、和服ではなく洋服に仕立てた衣類も増えているようだ。

    山村さんの工房見学を終えたあと、産業会館へ戻り、なにか記念に買おうと、あれこれと探した。

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    かなり時間をかけて、試着してみたのだが、あいにく「これ!」というものが見つからず。

    羊候さんが着ていらしたような、シンプルなデザインで、普段に着こなせるものが欲しかったのだが、ちょっと残念。

    まだまだ、書いておきたいこと、載せておきたい写真はたくさんあるのだが、ひとまず、備忘録として断片をここに残しておく。

    次回の西日本新聞の『激変するインド』では、インドのイカット(かすり)の話と絡めながら、今回の工房見学についてを記したいと思う。

    わずか1200字で、うまくまとめることができるかどうか。がんばってみよう。

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    ■藍染絣工房 山村健(←Click!)

  • 09dastkar09

    本日、出直したところのDASTKAR。初日よりも店が増えていて、やはり読み通り、オープンに間に合わなかった業者が複数あった模様。

    ところで、昨日、髪を切った。UBシティのM&W。H子さんお勧めのスリランカ人4人中1名に依頼して。なかなかいい感じだが、しかし、ワカメちゃん?

    帰路、THOM’S BAKERYに立ち寄れば、すれ違いざま、見知らぬインド人女性に声をかけられる。雰囲気、元NRI(非インド在住インド人)。

    ツイッターにも記したが、下記のようなやりとりを、数十秒のうちに。

    「その髪、どこで切りました?」

    「UBシティのM&Wです」

    「おいくら?」

    「700ルピー」

    「そこに行くわ」

    「じゃBuddikaを指名して」

    「日本人?」

    「スリランカ人です。4人いるから名前覚えて下さいね。」

    「”B”で始まる名前ね」

    なんだかニューヨークが懐かしくなった。見知らぬ人たちとの、こういう言葉の交換。日常茶飯事だったから。

    「そのバッグすてき! どこで買ったの?」

    「そのシャツ、いいわね。どの店のもの? わたしも買うわ」

    といったこと。いいな、と思ったことを、すぐに口に出し、褒め、更には、自分のものにしてしまう。わたしは、そういう習慣が好きだ。

    いいものを、いいですね、と言う。

    礼儀、というよりは、素直な心の動き、として。

    それはそうと、切った直後に声をかけられるとは、ブローがよかったのだろうな。それでもって、わたしを一目見て、彼女は日本人とわかったのだろうか。

    だから、スタイリストを日本人だと思ったのだろうか。

    短い会話の中に、ささやかな面白み。

    Kanoko

    かなり短いが、このごろは伸びるのが早いので、いっそこのくらいの短さでノープロブレム。これがどれほど「かの子」かといえば……。

    以下、参考資料を添付しておく。

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    ね! なんか似てるでしょ、この髪型。髪型のみならず雰囲気。

    最早、時代を超越しているな、わたしは。

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    今日もまた、惚れっちまうあれこれがあったのだが、取り敢えず、裏ブログ限定情報として、本日の成果を。

    前回はマンゴーの木の器を買ったくらいで、衣類は何も入手しなかったので。

    去年、バナラシシルクを購入した店。今年は来ていないと思っていたが、一日遅れでオープンしたらしい。先日の、サリー着付け教室で着用したサリーを買った店。

    お兄さんが、わたしのことを覚えていてくれた。買ったサリーも覚えていてくれた。1年ぶりなのに、覚えてくれていることがうれしい。

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    無数のサリーのなかから、わたしを呼ぶ声が聞こえて来る。

    掛けられているそれを、見せてもらう。お兄さん、羽織ってくれるが……。雰囲気……わからん。

    ちなみに以前も記したが、インドの女性たちは、いちいち鏡に映さなくても、自分の好みを選ぶことができる。

    だから、展示会などの会場では、鏡がごく限られた場所にしか置かれていないのだ。

    しかし、そんな技を持ち合わせていないわたしは、必ず鏡で見なければ、購入を決められない。というわけで、鏡のある場所までサリーを運んでもらい、写真も撮ってもらう。

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    かの子、ご満悦。

    この色、ピンクと紫の間のような、微妙な色合いで、金糸のロータスの形が、とてもきれいなのだ。

    夫の誕生日だもの。夫の名に因んだ「蓮の花」を身にまとい、妻、自らが、ギフトと化するのである。

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    ああもう、ほんと、きれいすぎる。

    もう、百万回くらい書いたけど、インドのテキスタイル、すごすぎる。

    ところで義姉スジャータ。彼女のサリーコレクションを、いつか見せてほしいものだ。というのが、彼女は母や祖父母や親戚から受け継いだ伝統的な数数のサリーを持っているのに加え、かなりの勢いで、サリー好きである。

    先日訪れたイカット:絣(かすり)サリーのブースは、実は彼女も行きつけだったらしい。彼女は自分が購入した絣を自身のブログに載せていたが、それはわたしも撮影してものだった。

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    かなりの大胆柄だが、これがイカットの伝統的なモチーフが凝縮された一枚。ところで彼女のブログは、とても、心に迫る。

    彼女の世界観が、しみじみと伝わって来て、夫アルヴィンドからは決して汲み取ることのできないインドを、受け止めることができる。やさしさと同時に、強く、主張している。

    彼女の写真もまた。

    先日、他界したラグヴァンの叔母のエピソードなどは、その写真と相まって、本当に心を動かされた。

    ご興味のある方は、こちらをどうぞ。

    ■SUJATA VARADARAJAN (←Click!)

    こうして見ると、彼女は嫁ぐべきところに、嫁いだのだな、と思う。

    そしてわたしもまた、嫁ぐべきところに、嫁いだのだな、と思う。

  • Tko02-00

    4泊5日の東京滞在は、怒濤のように流れて行った。今回は、東京にいながらも、インド風味満点の滞在であった。

    本日、午前中に行ったクライアントでのプレゼンテーションも無事に終了。

    「インドの衣食住&美」について、写真をふんだんに用いつつ、「100%坂田視点」による個性的なものとした。

    途中で、インド菓子&チャイを楽しんでいただき、サリーや布などテキスタイルに触れていただき、ついでに、それらに染み付いている「インド臭」に包まれていただき……と、五感でインドを感じていただく1時間半。

    自分が話していても、とても楽しいものであった。

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    さて、『日印グローバル・パートナーシップ・サミット』でのレポート。濃密な経験のごく一端ではあるが、記憶がシャープなうちに、ここに整理しておきたい。

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    正直なところ、この日印サミットが、実際どれほどのものなのか、事前に詳細のイメージをつかむのは難しかった。敢えて自費で訪れるほどの価値があるのか。

    が、一度出席する以上、「いい経験」にする努力をせねばならない。

    ●日印ビジネスに関する見識を広める。深める。
    ●ネットワークを構築する。
    ●久しぶりの東京の様子を見る。

    といった軽めのミッションを自分に課して、出発したのだった。そのための準備はと言えば、大量の名刺&サリー持参であった。

    名刺は、大量持参しすぎて余ったが、それなりの交流は図れた。また、サリー着用作戦は、予想以上の大成功をおさめたのだった。

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    ところでサミットが開催されたこの「ザ・プリンス・パークタワー東京」。まさに東京タワーのすぐそばに位置するのだが、今回は隣接する東京タワーや増上寺どころか、ほとんど都内を巡る機会がなかった。

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    朝食は和洋2種のレストランで食べられるのだが、どちらも3000円と高い! が、軽く食べに行く場所が近所にないため、東京タワーを眺めるのを口実に、初日は最上階の展望レストランへ。

    雰囲気も、メニューも、「超、昭和」なムード漂う、築7年の新しいホテル。ミステリアスなほどに庶民的なインテリアだ。小さい器は茶碗蒸し。スパゲッティあり、白飯あり、スクランブルエッグあり、ベーコンあり。

    わたしの着ているサリーは、モダン系の店で購入したもの。菊の御紋風がジャパネスクな着物テイスト故、選んだ。

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    さて、プログラムには正午開場、受付開始で3時ごろよりサミット開始とあったので、早めに行って展示でも見ようと足を運んだところ、「受付は1時半からです」とのこと。

    いきなり、1時間半の遅れ。たとえここが日本でも、インドが関わる限り、時間は軽く遅れるものなのね。と複雑な気持ちで納得しつつ、ホテル内のカフェへ。

    コーヒー1杯1200円に釈然としないものを感じつつも、コーヒーを飲みつつ、資料などを読むひととき。

    1時半には、早めに到着した人たちで入り口付近はあふれかえり、受付は混沌の極み。日本人が対応しているのに、「ここはインド?」状態だ。

    「インド各州の展示」については、正直なところ、常日頃インドの各地で展示会などを訪れている身としては、非常に物足りない印象を受けた。

    ブースを購入していながら、準備ができていない企業や州政府(ケララ)などもあり、なんともったいないことか。

    ケララ州のアーユルヴェーダ。メディカルツーリズム関連など、わたしがプレゼンをしてあげたいくらいだった。

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    さて、2時をすぎると、各会場や通路に人々がたくさん集まり始めた。

    お茶のデモンストレーションや着物の着付けなどが行われている。わたしは日本人ではあるが、おいしい和菓子やお抹茶をいただきつつ、一息。

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    サリー効果はもうしょっぱなから発揮され、ともかく、いろいろな人(インド人)が声をかけてくる。

    「あなたはどこから来たの?」

    「あなたは、北東インド出身?」

    「なぜ、そんなに普通にサリーをうまく着ているの?」

    「まるで毎日着ているかのような自然さだが、いったい誰に着せてもらったの?」

    「いくつの安全ピンで留めてる?」

    そこから自己紹介、名刺交換が始まる。本当に、いろいろな方から声をかけられた。

    事実、3日間のフォーラム開催中は、びっしりとプログラムが詰まっており、ゆっくりと人と交流する時間がなかった。

    2晩に亘って行われた晩餐会も、着座式だったので、出会いを求めるのは簡単ではなかった。しかしサリーのおかげで、主にはインド人とはいえ、いろいろな方が声をかけてくれたことは、本当によかった。

    『仰天ライフ』のテレビ番組を見たという日本在住のインド人女性が、「あなた坂田マルハン美穂さんでしょ? コックスタウンに住んでるでしょ?」とピンポイントな声をかけてもくれた。バンガロールの出身らしい。

    子分(!)を携えたヤクザな風貌の、おじさんが近寄って来て、「サリーがすばらしい」とほめてくれる。

    「バンガロールに住んでいるんです」

    と答えたら、彼は驚いた表情で名刺を出す。カルナータカ州(バンガロールのある州)商工会議所の副所長であった。

    「なにかあったら、いつでも俺に電話してくれ!」

    インドの人たちというのは、一度知り合うと、本当に親切にしてくれる。それは間違いのないことだ。名刺交換の意義は、だから非常に大きい。

    本当は、インド進出を考えている日本の人たちとのネットワーク構築を狙っていたのだが、それは圧倒的に少なかったのは事実。

    その他にも、「一緒に写真を撮ってくれませんか?」と言う人もいて、最早「出し物」状態だ。

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    女性の参加者は少なめだったものの、着物の着付けコーナーは何人かのインド人女性がトライしていた。派手な振りそでが妙にお似合いのマダム。とてもかわいい。

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    開会式には、日本の歴代首相4名も登壇しての、政治色の強いものでもあった。日印協会会長であり、今回のサミットの名誉議長をつとめる森喜朗元首相。

    彼が在任中の2000年にインドを公式訪問。インドの核実験で冷えていた両国の関係を再構築した。それから10年経ち、このような日印政財界を以ての共同サミットは、初めての開催となっている。

    義姉スジャータの夫、ラグヴァン博士の父君、ヴァラダラジャン博士は、日印の科学者会議などを通し、森氏とも親交がある。事実彼が、日印友好に尽力していたことは、日本のメディアからではなく、博士から聞いていた。

    日本側の共同議長には、鳩山由紀夫元首相、安倍晋三元首相も名を連ねているため、この日は歴代首相を一度に目にする珍しい機会であった。

    それがインドに関することとなると、政党派閥を超えた付き合いができるということらしく、みなさん、メディアで見るよりもはるかに笑顔が多い、にこやかな挨拶ぶりであった。

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    本当は「首相として参加」の予定だった菅直人元首相も飛び入りでの挨拶となり、妙になごんだ開会の様子だ。

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    左上はインド首相補佐官のサム・ピトローダ氏。彼はわたしの夫の勤める会社(米ニューヨーク拠点のプライヴェートエクイティ)とも関係があり、夫も面識のある人。

    右上は、インド新興財閥のリライアンス・グループのムケーシュ・アンバニ会長。世界大富豪の一人で、ムンバイの中心部に過激豪邸を建てたことで「顰蹙をかっている」人でもある。

    リライアンスグループについては、過去にさまざま記事を書いているので、「ブログ内検索」で見ていただければと思う。

    Tko01-28 こちらはサドゥグル氏

    ヨギ(指導者)で神秘主義者のサドゥグルの詳細については、こちらのサイトをご覧いただきたい。

    さて、初日は、開会式に始まり、基調講演、総会と続き、晩餐会に突入。

    わたしは一介のフリーランス。

    もちろん、一般人なので、周辺の席に座るのだが、なるたけ「VIP寄り」のテーブルを狙う。

    ここでも思いがけず、いろいろな方が声をかけてくださり、食事もそこそこに、立ったり座ったり。

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    「メディア」でもないのに、メディアのカメラマンたちと同じようなスタンスで写真撮影などもできて、楽しい。

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    パンダ的な風貌のインド首相補佐官サムは、「一緒に写りましょう!」と自ら声をかけてくださった。

    安倍さんは、普通に無防備に立っていらしたので、隙を狙ってご挨拶&名刺交換。たいへん気さくで温厚な印象の方である。

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    日印双方のさまざまなパフォーマンスも行われ、非常に賑やかな会場だ。

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    中でもインパクトがあったのは、コシノ・ジュンコ氏がプロデュースした日印ダンスグループによるコラボレーション。

    ダンサーたちのファッションは彼女のデザイン。日本とインドの「静と動」を融合させたとのこと。

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    意外にもコシノさん、今回のプロジェクトが初めてのインドだったとのことで、インドのファッションにかなりインパクトを受けたとのこと。

    ダンサーの手足のメヘンディ(ヘナ・タトゥ)も興味深く、今回取り入れられたのだとか。

    インド風味満点の初日を終えて、とても東京に来ている実感がわかないままの一日。

    総会などでの人々の話についても、コメントしたいことは多々あるのだが、具体的な内容について言及していると尽きないので、後日、機会あれば、記したく。

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    さて、二日目。目覚めた瞬間に「今朝は日本食だ!」と心身の叫びが聞こえた。

    前夜の食事が、いったい何の料理だったか、最早思い出せない。ヴェジ/ノンヴェジがあり、ノンヴェジ(チキン)を頼んだのだが、日本料理でなかったことだけは確かだ。

    ごはんがおいしく、みそ汁も美味。正直、それと明太子だけでも十分だから1000円にして。と言いたいところだが、そうもいかず。朝からがっつり、すべて食べ尽くす。ご飯も2杯。満足だ。

    6a01287573b46a970c015435054dc4970c-800wi ちなみに本日のサリーはオリッサ州のイカット(絣)のサリーを選ぶ。

    先日、誕生日の際に着用した、このサリーだ。

    これは、若い職人が1年半かけて織り上げたマスターピース。

    我がサリーの中で最も価値ある一枚だ。

    偶然にもこの日、オリッサ州の若き州議会議員とも名刺交換をする機会があった。

    オリッサの有名な寺院がモチーフとなっているこのサリーを着ていたことを、喜んでいらした。

    日本の絣のオリジンはインドにある。そういう意味でも、日印の結びつきを思わせるサリーなのだ。

    さて、いよいよ今日は、各種フォーラムの開催だ。

    ●ビジネスフォーラム
    ●政策フォーラム
    ●学術研究フォーラム
    ●青少年、文化、NGOフォーラム

    上記それぞれが、複数の会場にて、同時進行にて開催される。それぞれのカテゴリーにおける、どのテーマのフォーラムに参加するべきか、もまた、悩むところ。

    とりあえず、午前はまず、「DMIC(デリー・ムンバイ間産業大動脈構想)」に関する総会に出席。あらゆる面で、現実のインドの状況と理想論の乖離を痛感しつつも、とりあえず、聞く。

    さまざまな制約があるであろうにしても、インドの現状が伝えられていないプレゼンテーションの数々。

    インドを訪れたことのない人に、どこまで現実的なイメージが伝わっているのか。それはサミット開催中、絶えず気になったことであった。

    終始していたのは、「日本の技術力とインドの人材を融合させると最強だ」といったコンセプト。

    しかし、インドの大多数のニーズは、日本ほどの「ハイテクな技術」を要していない、ということを、周知すべきだと、思うのだ。

    「ハイテクなローテク」の方が、むしろニーズがあるしビジネスチャンスがある。

    たとえば、思いつきで書くが、家電よりも、手動でできる便利な洗濯機械や脱水機。

    高度な機械よりも、まず質が良くて丈夫なヘルメットや軍手や地下足袋のような、労働作業員の衣類。

    ぼろぼろのつるはしではなく、もっと軽くてきれのよい作業道具。

    埃の除去が速やかに行える掃除道具。

    性能のよい足踏みミシン。

    取り扱い易い各種部品、パーツ……。

    などと、書き上げればきりがない。

    具体的な話はまた改めるとする。

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    次いで、「農業大動脈」に関するフォーラム。

    今回のフォーラムとして、最大の問題点は、時間の仕切りが非常に悪いこと。それから、複数名のパネリスト同士のプレゼンに、まったく連携がなかったことなどが挙げられる。

    多くのパネリストを招いているせいか、一人当たりの時間が10分程度。広く浅すぎる。そして自分の持ち時間を大幅に超過する人がいて、これにも正直、あきれた。

    それが、インド人ではなく、日本人に多かったのも、驚きであった。

    誰とは書かないが、経済界の重鎮が、日印ビジネスとはまったく関係のない自分の功績を、延々と40分近くも話し続けたことには、憤りを覚えた。

    しかも、その人の言わんとすることは、「利他の心」「私欲を捨てよ」「人を思いやれ」といったこと。仰っていることは共感を覚えるが、同じような話が何度も繰り返されるばかり。

    それならば、人を思いやって自分の話を切り上げてほしいものだ。

    冒頭の遅れが原因で、2日目のプログラムは、全体に大きく遅れることとなり、持ち時間が少なくなったインド人の識者が憤慨して、プレゼンを放棄しようとする事態もあった。

    プレゼンというのは、与えられた時間内におさめるべきものだ。特に、他の人と時間とシェアしているときには。

    それはそうと、上の写真。VIP席がガランとしているそばで、話を聞いていたら、だれかがひっそりと、腰掛けた。左端のお方、鳩山さんだった。さりげなく入場され、さりげなく去られた。

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    時間がおしていたので、ランチタイムの弁当も20分足らずで食べねばならず。同席した方とお話をしつつ、瞬く間だ。このような時間が実は大切なのだが、仕方がない。

    午後は最初、NGO/文化フォーラムの「インド文化に関するプレゼン」に出たが、ピンと来なかったので、静かに退席。ビジネスセッションへ移る。

    「エネルギーと環境問題。インド都市部における上下水道の実情」などについて。

    やはりここでも、プレゼンの内容が表層的かつ数字を追うものがメインだったので、個人的には、概要をつかむことに捉えるにとどまった。

    インド。

    統計、データなどの数字は大切だが、数字よりもまえに、数字では表せない事象に、実は大いなる意義が込められているということを、ビジネスの上でも、念頭におくべきだと痛感した。

    なにしろ、インドは平均値が出せない国。統計も、目安どころか、足かせになることもある。

    自分の狙う業種の可能性を知るためには、データだけを追うのではなく、まずはインドへ赴きその業界の実態を見る。ライフスタイルを肌身に感じた上で、事態を分析、戦略を立てる必要があると思う。

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    その後、「インドにおける消費者製品(コンシューマーマーケット)」のセッション、そして「インドにおける新たな電力開発の在り方」のセッションに参加。

    インドの日用消費材(FMCG)の伸びは、著しい。しかし、個人的な見地から言えば、Hindustan UnileverやらP&Gやらの、猛烈な勢いが、本当に恐ろしい。

    まず一つは、ゴミの問題。小さなパック入りの洗剤やシャンプーなどが低所得者層に向けて販売されているが、それは即ち、ゴミを猛烈に増やしている現実を意味している。

    それらに限らず、あらゆる商品のパッケージの激増に、その懸念が該当するのだが。

    日常、プラスチック、ビニルのゴミが町の至る所であふれているのを見ると(インドはゴミ焼却のシステムが整っていない)、製造する前に、ゴミ処理が先だと思わざるを得ないのだ。

    次いで、環境汚染。我が家では、シャンプー、洗濯洗剤、台所洗剤、すべて自然に悪影響を与えない、泡立ちは悪いが素朴なものを用いている。

    なにしろ、合成洗剤の激増で、河川の汚染は、すさまじい勢いで進んでいる。焼け石に水だと言われようが、看過する訳にはいかない。

    ここでも幾度となく記しているが、生ゴミはすべて庭のコンポストで肥料を作り、その他のゴミも極力出さない生活をしている。

    売ること、利益をあげることを考える前に、まず企業がすべきは、自分たちが生み出した商品(=汚水)、パッケージ(=ゴミ)の行方についても、思いを至らせることだと思う。

    いかにも「希望いっぱいのインド市場」を熱く語る人たちを見て、そう思わずにはいられない。

    環境問題のセッションと、市場開拓のセッションとの、同時進行ながらすれ違った印象の内容を、自分なりに咀嚼しつつも、不完全燃焼。

    この日のセッションで収穫が一番大きかったのは、実はインドとは関係のない、「2012年日本の見通し」という総括セッションだった。

    これに関しては、思うところが山ほどあったので、別の機会に記したい。

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    そして夜。今夜の晩餐会もまた、楽しいものであった。

    まずは、新総理の野田さんが登場。さすが現職だけあり、特設のガードされた通路から壇上にあがり、挨拶をし、写真撮影を終え、再び去って行った。ガードマンに囲まれ、隙がない。

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    歯切れよいスピーチと笑顔。好印象のお方である。

    それにしても、現総理と元総理とでは、こんなにも、変わってしまうものか、というくらいに……。

    鳩山さん、隙だらけ。

    正味な話、会場には数百人のゲストがいる。だが、元首相に挨拶をしにいこうという人はほとんどいない。

    だからこそ、わたしのような、肩書きもなにもないフリーランスの人間が、ご挨拶することができた。

    Tko02-06 今日も今日とて、VIP席界隈に座り、鳩山さんが、ぽつねん、としていらっしゃる隙を見計らってVIP席へ接近。

    しばらくお話をしたのだが、かなり「個性的なお方」との印象を受けた。

    自分は元首相好きなのか、と自分に突っ込みつつ、写真撮影もお願いする。

    せっかくインドから来たのだもの。

    ネットワーク構築&思い出作りである。

    鳩山さん、辛いときにはインドの寺院でお祈りをなさるらしいので、バンガロールにもぜひ、とお伝えしておいた。

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    念のため記しておくが、わたしはなにも生まれついて、このように社交的なわけではない。30歳までは、普通にパーティでの会話も苦手な、一般的な日本人であった。

    しかし、ニューヨークへ渡り、起業し、自分の力でネットワークを広げ、仕事を得なければならないという「切羽詰まった事態」に陥ったころから、それなりに努力をして、人と会話をするようになった。

    その後、夫の仕事のパーティなどを通し、より広い世界の人々と出会って来た。

    最初は英語での会話が辛かった。が、徐々に、それなりの交流を図れるようになってきた。

    つまりは、最初から怖いもの知らずでドシドシと突き進んできたわけではない。ということを念のため。

    Tko02-09 サドゥグルもまた、とてもおやさしい。

    わたしが、合掌をして、「ナマステ」とご挨拶したら、その手を両手で包み込みながら、

    「あなたは、インド人よりも、インド人のようだ」

    と、サリーをほめてくださる。

    英語はインドなまりではなく、話し方も非常に洗練されており、ウィットに富んだ方だとお見受けした。

    「日本に来たのは初めてですが、すばらしい国だとの印象を受けましたよ。でも、実はホテルから一歩も出てないんですけどね」

    とのこと。チャーミングなお方である。

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    さて、時は瞬く間に流れ、最終日。この日は午前中のビジネスセッションのみで、昼過ぎには閉会式となる。最後とて、今日もサリーを着用だ。

    Tko03-01 こうも毎日、しかも長時間サリーを着続けるのは、さすがに初めてのことである。

    さて、本日のサリーは、バラナシ(ヴェナレス)のサリー。

    繊細な織りが美しいサリーだ。

    金糸の色が渋いため、けばけばしさがないのがいい。

    これはムンバイの老舗サリー&テキスタイルショップで見つけた。

    動物柄がユニークな、しかしまとえば上品な印象のサリーである。

    さて、複数あるセッション。最終日の今日を無駄にしたくない思いもあり、どれを選ぶべきか迷う。迷いつつも、まずは「低炭素社会の実現に向けて日印ができること」というテーマのセッションへ。

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    恒常的に電力不足のインドにおいて、自然環境へのダメージを最小限にとどめるエネルギー創出の技術を提供するということは、極めて意義深いことだと思われる。

    電力と水の問題は、非常に大きい。

    雨水があっても、その浄水システム、給水、配水のシステムが整っていないため、常に水不足の問題を抱えているインド。

    特に中流層以下の人々にとっては、洗濯機購入よりも前に、電気や水の安定供給が先決なのだ。

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    そして最後は、「日印の観光ポテンシャルと日印相互の観光促進の在り方」というテーマのセッションへ。

    日印双方の観光に関するプレゼンに加え、今回の日印グローバル・パートナーシップにおいて、第一の参加国であるネパールからも、仏教に関するプレゼンが行われた。

    仏陀生誕の地ネパール(ルンビニ)、仏教発祥の地インド、そして仏教国の日本。

    日印の観光に関しても、個人的に思うところ多く。

    互いが互いの実情をより深く理解し合えれば、観光客の誘致がもっと的を射たものになると察せられることなど。

    日本人をインドに招くためのポイント、インド人を日本に招くためのポイント、思いつくだけでも、それなりにある。

    Tko03-05 観光庁長官の溝畑氏。

    セッションのあと、ご挨拶をと壇上に近寄るわたしに向かって、「仏陀のようなファッションですね」と軽やかなコメント。

    先だって、「レディ・ガガから3回、キスをされた」とおっしゃっていた。

    ノリのよいお方とお見受けする。

    さて、実際のところ、日本の観光庁が、どこまでインド観光客に対してアプローチしようと計画しているのかは不明だが、インド人の日本に対する関心は、決して低くない。ポテンシャルは高いと思う。

    特に、都市部の富裕層の多くが、日本への旅行に関心を持っているのは、間違いない。

    それはそうと、またしても、ふらりと会場に入ってこられた鳩山氏。ご多忙に違いないはずだが、きちんとサミットを把握しようとされているご様子が、伝わってきた。

    Tko03-07 わたしを指差し「あれが、インドですよ!」

    と発言をする溝畑氏を制するの図である。

    何はともあれ、最後の最後まで、サリーのおかげで、多くの方々とご挨拶&名刺交換をする機会が得られたことは、本当によかった。

    観光に関しては、具体的に思うところがたくさんある。だめでもともと、何らかの形で、提言をさせていただきたいと考えている。

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    閉会式の壇上には、海江田万里氏の姿も見られた。

    初の日印グローバル・パートナーシップ・サミットは、こうして盛況のうちに、幕を閉じた。

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    率直にいえば、セッション自体、とくにパネリスト同士の連携が取れてない点や、時間不足の点、テーマが茫漠としている点、また理想論と数字ばかりが先行している点が多かったことについては、首を傾げるところが多々あった。

    一つでも、臨場感に満ちた、インドライフに根ざしたプレゼンがあってしかるべきだとの印象も受けた。いっそ、部屋を一つ借りて、自分が「ゲリラ・プレゼン」でもしたい衝動に駆られた。

    当然、それは叶わなかったが、本日、クライアントで1時間半、インド生活を体感するようなプレゼンができたことは、本当に光栄だった。

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    今日も今日とてサリーを着用。ホテルをチェックアウトし、荷物をタクシーに積んで赤坂まで。タクシーを降りてからはもう、人々の視線に、自分がいかに変わり者に見えるかを実感しつつ、プレゼン会場へ。

    「サリーからインドの匂いが……」

    とのコメントに、やはりな、と実感しつつ。

    前述の通り、インドから持参したスナックなどを広げて、さらにインドの匂いをまき散らしつつ、立体的な「インド衣食住美」のプレゼンを行った。

    ところでサリーのブラウスは、ピチピチが基本。ゆるみがあると、見た目も悪いし、着崩れし易いからだ。

    そんなわけで、ぴちぴちサリーのブラウスで登壇したのだが、話し始めたころ、「酸欠状態」になりそうで焦った。

    ブラウスがぴちぴちゆえ、深く息を吸えないので、普段よりも細切れな息継ぎが必要なのだ。

    ぐっと深呼吸をしようものなら、キューティーハニーの変身時状態になってしまう。誰も見たくなかろうという話だ。

    というか、我ながら、いったい、どれだけの肺活量でしゃべっているのか、という話だ。

    にも関わらず、頭はいつも通りのスピードを持続しているため、しゃべっているだけで小走り状態である。今後、プレゼンの際にサリーを着用するときは、「緩めのブラウス」が鉄則だと実感した。

    話尽きないところではあったが、3日間、受け身が続いていただけに、こうして能動的にインドを語る好機を与えていただけたことは、今回、特に有り難かった。

    インド来訪経験のある方にも、ない方にも、新たなインドの側面を楽しんでいただけたと思う。

    そんな次第で、無事、プレゼンを終え、ランチのあと、羽田空港へ。夕映えの富士山を眺めつつ、福岡へと戻ったのだった。

    さて、明日もまた、プレゼンだ。サリーブラウスの具合に気をつけて、挑みたいと思う。

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  • 14sat10

    このごろは、祭りを見るたびに、若干身構えてしまう我。あの日の「痛い祭り」は、タイプーサム(Thaipusam)と呼ばれるヒンドゥー教の奇祭らしい。

    詳細を書く根性はないが、興味のある方は、「タイプーサム」で検索すると、出てきますよ。猛烈な画像も。

    ちなみに、インドでは「過激すぎるので禁止」されているらしく、シンガポールやマレーシアのコミュニティでしか、基本、見られないらしい。

    なぜインドで禁止されるものがシンガポールでOKなのか、非常に不思議。ともかくあれは、「違法祭り」だったようだ。貴重な場面に遭遇したものである。

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    月曜締め切りの西日本新聞『激変するインド』の記事。今月は「南インド料理」をテーマとした。記事を書いていると、激しくケララ料理のミールスが食べたくなった。

    毎週土曜の昼、恒例の「アーユルヴェーダのオイルマッサージ」を受けた後、ENTE KERALAMへ。夫は初めて訪れるが、とても気に入った様子。

    14sat12 昼間はヴェジタリアンのミールス(定食)ほか、アラカルトメニュー。

    夜はノンヴェジ&シーフードのミールスがあるらしい。

    ミールスだけでなく、前菜やビールなども注文したが、ミールスだけでも、十分に満足できる内容。

    この店、本当にお勧めだ。

    ただ、このチェンナイ拠点のフードチェーン、経営がうまくいっていないらしい(夫曰く)ので、存続が心配。消えないで欲しい。

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    左上は、南インドの主食の一つ。米の粉と豆の粉で作られた「アッパム」

    わたしはチャパティやナンのように、普通にちぎってたべていたのだが、隣のテーブルの女性たちが、これを器にして、中に汁気のある料理(カレー風)を入れて、外側からじわじわ食べていた。

    それが「通の食べ方」のようである。次回は真似したいものだ。

    右上の渦巻きは、ケララのボートの両端の装飾。店内の雰囲気もなかなかにお洒落なのだ。

    店の情報は、MuseIndia.Infoのレストランガイドに記しているので、参照されたい。

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    食の話題が続くが、これは木曜のランチの光景。久しぶりに、インディラナガールのCREAM CENTREへ。この店はムンバイ発のチェーン店。

    まるで「スウィーツの店?」を思わせる店名だが、実はヴェジタリアン料理の店。この日はランチのブッフェを試した。

    ローカルフード探検隊2号のU-KOさんも一緒だったのだが、彼女は北インドのスナック「チャート」や「ダヒ・バタタ・プリ」などを食すのが初めてで、お気に入りの様子。

    ということで、北インドスナック道をも開拓すべく、次回の探検先は、北インドのローカルフード店とした。4回目にして、早くも南インドから逸れてしまったが、それはそれだ。

    ちなみにこの店のラッシーも、チャートも、かなりおいしかった。ブッフェはまあ、普通。なお、わたしはこの店のピザ、マルガリータが好きである。

    14sat05

    これは土曜の夜、義姉スジャータ宅にて。昨夜は「ラクシャー・バンダン」という祝祭日であった。

    ここでも毎年のように記してきたが、姉/妹が、兄/弟の健康や幸運を願って、手首にラーキーと呼ばれるお守りの紐を結びつける。

    儀礼の際には頭を覆う、という理由から、頭巾を被っている夫。

    14sat01 わたしもサリーを着用で出かけた。

    このサリーは、ベンガル地方のカンタ刺繍が施されたもの。

    カンタ刺繍とは、刺し子のような技法。

    古くなったサリーをつぎはぎにして、一枚の布に仕上げるところに、起源があるらしい。

    糸はまた、古いサリーを解いて使っていたとの話も聞く。

    つぎはぎ故の、カラフルな布が、あたかもオリジナルのデザインのように見えて面白いのだ。

    もっともわたしが着ているのは古いサリーの再利用ではないが。

    写真に撮ると赤っぽく見えるが、実際にはショッキングピンク。

    ひらひらとしたパルーの部分に、オレンジや紫のボーダーが入っている。

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    光沢のある、柔らかなシルクに、ひたすらの運針。着心地もよく、古典的な技法がモダンに見えるお気に入りの一枚である。

    14sat02 一方の夫といえば、わたしがファクトリーアウトレットで見つけてきた廉価なポロシャツ

    ということは、先日も書いた気がするが、改めて。

    コマーシャルストリートにほど近いSANCTUARYという店。

    コンディションのよいアウトレット商品が、結構、揃っているのだ。

    これまでは、ニューヨークを訪れるたびにポロシャツを入手していた夫だが、

    「もう、ニューヨークで買わなくてもいいね」

    とお気に入りの様子だ。

    この店の情報も、MuseIndia.Infoのショッピングガイドに載せている。

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    そして本日、日曜日。先日、ヤクルト王子夫妻と訪れた、あの日本料理店EDOへ、今度は夫と訪れた。

    日本料理が大好きな夫が、とても行きたがっていたのだ。

    ちなみに本日着用のポロシャツは、前回のニューヨーク旅で購入したもの。クリケットのプレイヤーがエンブレムになっている珍しいデザインで、夫のお気に入り。

    さて、スパークリングワインで乾杯のあと、まずはお刺身。わたしたちのお気に入りはサーモンやイカ。それにソフトシェルクラブの巻き寿司など。

    エビや豚バラ、サーモン、エリンギなどの炭火焼。茶碗蒸し。天ぷらの盛り合わせなど、多彩な料理を少しずつ、味わう。

    わたしは最後に、「そば」で締めくくって幸せ。

    ってか、久しぶりにカメラの「美肌モード」を使ってみたところ、あり得ないほど美肌に映っているのが嘘っぽい。詐欺すぎ。

    ところで本日の黒いドレス(ワンピース)の理由は、「お盆」。

    右胸に付けている花は、父の葬儀の時に買ったもの。

    喪服を持っていなかったわたしは、適当な黒い服を持って、米国から帰国した。が、袖のあたりにスリットが入っていたため、周囲から、「それはないわ」と指摘を受けた。

    斎場に近い「香椎みゆき通り」にあるブティックで、なぜかぴったりの黒いワンピースを見つけ、ついでにこの花も購入したのだった。

    一応、父を偲びつつ、しかし食べている間は、一切思い出すこともなく、盂蘭盆会のころである。

    ちなみに写真のワンピースは葬式用ではない。日本人のテキスタイルデザイナー原口良子さんが、バンガロールで展示会(←Click!)をされていたときに、購入したもの。

    この日、彼女が着ているものと、多分同じだ。とても着心地のよい、布のやさしさが伝わってくる服だ。

    14sun02というわけで、話はそれたが、幸せなランチタイムであった。

    欲を言えばきりがないが、こうして少しでも、折に触れて「寿司刺身を補填」できると、切望しなくてすむのがいい。

    これまでは、ニューヨークを訪れるたびに日本食を楽しみにしていた夫だが、

    「もう、ニューヨークで、むきになって食べなくてもいいね」

    と、お気に入りの様子だ。

    バンガロール。いや、インドの生活。

    本当に、年々、変わりゆくものである。

    即ち近い未来、何が起こるのか、見当がつかない。

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    さて、明日は日本の終戦記念日(1945)であり、インドの独立記念日(1947)である。毎年、思い巡らすところ多い、この時節である。