不易流行 〜インドのファッション&ビューティ〜

FASHION & BEAUTY in INDIA/インドの多様性を映す民族衣装サリー情報をはじめ、昨今のファッションやジュエリー、コスメティクスのトレンドをご紹介。

  • Mm4

    Mm3

    Mm2

    Mm1

    22日、日曜日の午後も、展示販売会を実施! 日本とインドの麗しき伝統工芸。文化、宗教、交易の歴史を映すテキスタイル世界の片鱗を。

    Sa20

    Sa18

    美しい布に囲まれて、それを愛でる人たちと時間を共有できて、とても幸せな1日だった。今日、どうしても都合がつかない友人たちがいたので、日曜日の午後にもオープンすることにした。もしも来訪をご希望の方がいらっしゃれば、DMください。

    Sa19

    Sa4

    着物のすばらしさに目覚めたのは、1年足らず前のこと。まだまだ学びの過程だが、短い間にも、さまざまな着物に触れ、書籍を取り寄せて調べ、少しずつ、造詣を深めている。

    展示会やトークも何度か実施、そのたびに、資料を紐解いて、新たな世界を発見している。

    今回の展示会を共に実施しているYashoは、たまたま先週、友人たちと日本旅をして帰ってきたばかり。彼女は羽織や帯を購入したいということだったので、リユースの呉服店を紹介。審美眼のある彼女は、すばらしい帯を購入してきた。

    引き箔の、螺鈿帯。

    日本語なのに、意味がわからない人が多数ではなかろうか。わたしは辛うじて「螺鈿」は知っていたが、引き箔という技術を詳しく知らなかった。

    引き箔とは、西陣織の技術のひとつ。和紙の表面に金や銀の「箔(ハク)」を貼り、それらをごく細く糸のように裁断したもので織る、織物のこと。

    螺鈿帯とは、この金銀の箔ではなく、貝殻の内側の輝く部分を丁寧に剥離し、柔軟になめして和紙に貼り、糸状に裁断して帯に織り込んだもの。

    もう、わけがわからない情熱、いや情念がそこにはある。Yashoもわたしも、このあたりの探究心が強いので、昨日はサリーの展示準備をしながらも、ロンドンのV&A(ヴィクトリア&アルバート博物館)制作の動画などに見入るなど、諸々の情報交換に余念がない。

    V&Aは、個人的に好きなミュージアムで、ロンドンに行くたびに訪れている。しかし、引き箔の帯が展示されていることは、知らなかった。いや、目にしていたとしても、注意を払っていなかっただろう。当時のわたしは、そこに見入る目を持っていなかった。

    Yashoは、昨年末に拙宅で実施した「着物とサリーの比較展示会」にも来てくれており、着物のことにも詳しくなっているので、ゲストに日本の伝統的な手工芸のすばらしさを熱く語ってくれた。

    Sa17

    Sa16

    Mrinaliniのサリーの麗しさもまた、特筆すべき。すでに記したが、彼女はCOVID-19パンデミック時代に、困窮する職人たちを支援すべく、ブランドを立ち上げて販売している。有名なサリーブランドで販売されているのと同じ職人が手がけた同じ作品(商品)をかなり割安で提供している。

    多くの日本の人たちに、このテキスタイルの美しさを知ってほしく、当初は日本人向けにこの展示会を企画したのだが、残念なことに、参加希望者が少なかった。ミューズ・クリエイションのメンバーがサポートに来てくださったほかは2名のみ。それはそれで、時間を縫ってみなさんとランチを食べたり、おしゃべりしたりと、濃密に良い時間だった。

    たとえ数名でも、伝統的な布の魅力に、触れ、関心を持っていただけたことは、とてもうれしい。
    着物とサリー、日本とインドのテキスタイルについて、語りたいこと、伝えたいことが多すぎる。書けば書くほど長くなり、読む人は少ないのも自覚している。伝えることは、難しい。特に、早送りの情報に溢れた昨今の世界にあっては。

    Sa15

    Sa10

    これは、インド移住当初から伝えていることなのだが、物議を醸すかもしれないことを覚悟のうえで、記しておく。日本の方々には、ポリエステルなど化学繊維のサリーではなく、絹や綿、麻、あるいは絹と綿の混紡など、天然素材のサリーを買って欲しい。決して高くはない。1万ルピー前後でも、パーティに着ていける上質なものはたくさんある。

    異邦人の我々が、ポリエステルのサリーを着て、なんちゃってインドのジュエリーをジャラジャラと付けてインド人の結婚式や儀礼に出かけるのは、外国人が、日本の土産物屋で買ったペラペラの着物を着て、チープなかんざしを挿すなどして日本人の結婚式に出かけるのと同じようなものなのだ。

    手持ちのシンプルなイヤリングやネックレスなどをうまく活用して、サリーに合わせたほうが、品よくまとまることもある……ということを、お伝えしたい。

    Sa1

    Sa11

    Sa9

    Sa2

    Sa12

    Sa7

    Sa14

    Sa13

    Sa8

    Sa6

    Sa5

  • Ka1

    Ka9

    今日は、FICCI FLOのバンガロール支部が主催するアートの展示会に参加すべく、久しぶりにBIC (バンガロール・インターナショナル・センター)へ赴いた。

    FICCIとは、インド商工会議所連合会のことで、英国統治時代の1927年、インド財閥のG.D.ビルラらによって誕生した。創設に際しては、マハトマ・ガンディーも関わっていたという。ちなみにタタ財閥と並んでインドではよく知られるビルラ財閥は、ガンディーと深い関わりがあった。ガンディーが暗殺されたのも、ビルラ邸の庭だった。

    先日の「からゆきさん」のトークでも言及したが、日本とインドの交流史でも必ず話題に出すムンバイの日本山妙法寺は、日蓮宗の藤井日達上人とガンディーを支援すべく、ビルラ財閥によって建立された。現在も、ムンバイの日本山妙法寺、およびその近くにある日本人墓地は、ビルラ家の支援によって維持されている。

    Ka3

    Ka2

    FICCIは、中小企業や多国籍企業を含む、官民双方からの会員によって構成されている。本部はニューデリーで、現在、インド国内12州、世界8カ国で活動しているという。

    いくつかの関連組織を擁するが、そのひとつが1983年創設の「FLO」。女性たちの起業家精神や、卓越した専門性を促進を目的にしているとのことで、ここバンガロールを含めインド全土に20の支部を持つ。

    Ka5

    Ka6

    今回、FICCI FLOバンガロール支部のメンバーによる芸術作品の展示会が開催されるということで訪れた。複数の親しい友人らがメンバーであり、作品を出店している人もいる。

    アーティストJayaの絵画は、これまで幾度となく紹介してきた通り、我々の新居、旧居を穏やかに彩ってくれている。この作品は、先日、我が誕生日を過ごしたナンディ・ヒルズにある寺院を舞台に、未来へ踏み出す女性の後ろ姿が描かれている。

    20日のサリーと着物の展示会に参加してくれることになった「かぎ針編み」のエキスパートであるChanjeevも作品を展示していた。彼女は8歳のころ、伯母の影響で、当時、日本で流行していたかぎ針編みに開眼。日本の「雄鶏社」の本を参考にして、ひたすら編み続け、現在に至るという。

    ところで、今日、わたしが着用しているのは、先週コンラッドホテルで開催されたFLOのファッションバザールで購入したジャイプルのブランドRitu Kediaの上下。7年前にジャイプルへ赴いた時にも、同ブランドのトップを購入した。着心地よく動きやすく、気に入っている。

    昨今のインドは、すてきなファッションブランドが爆発的に増えているので、トレンドに追いつけていないのだが、このようなハンドブロック・プリントなどの「昔ながらの技法」は、やはり魅力的だ。模様違いも欲しくなった。

    Ka8

    Ka7

  • Ya7

    Ya5

    昨日のサンデーブランチ。久々に、シャングリ・ラ・ホテルにある日本料理店Yataiiへと赴いた。日本人シェフが異動されるということで、急遽、茶道の催しが開催される旨、前日にMuse CreationのWhatsApp グループで情報がシェアされのだ。

    今年の3月、拙宅にて茶事を共催したRisaさんからのご案内。ブランチに先駆けて、ロビーでは友人夫妻の子供たちによるピアノ演奏も披露されるという。

    通常、週末は空港近くの新居で過ごしているが、先週末は、幸い街中の旧居にいた。日曜日は、半年ほど前から中途半端のままで終わっている書斎の大掃除をするつもりでいたのだが、大掃除は更に先延ばしにして、出かけることにしたのだった。

    着物や浴衣での参加も歓迎されていたので、早速、一張羅の絞りの浴衣を取り出す。今年6月の東京で購入したもので、とても気に入っている……が、既製品だったので、身幅が狭いのが玉に瑕。さらにはついつい、スタスタと歩いてしまうので、裾がはだけて見苦しくなる。和装選びについても、立ち居振る舞いや所作についても、これから身につけねば。まずは頻度高く着ることから始めよう。

    Ya6

    Ya8

    シャングリ・ラ・ホテルのロビーフロアは、明るく広々と、開放感があってよい。その一隅にあるラウンジのピアノを、巧みに奏でる少女たち。急に出演が決まったとは思えない堂々たる演奏だ。

    中でも、わたしの大好きな曲『朧月夜』の連弾が、心に沁みた。旋律も歌詞も、本当に美しい。一緒に熱唱したくなる衝動に駆られた。我慢したけど。

    こんなにも短い言葉の中に、日本の春の夕暮れの美しさが、凝縮されている。

    🌕

    菜の花畠に、入日薄れ、見わたす山の端、霞ふかし。
    
春風そよふく、空を見れば、夕月かかりて、にほひ淡し。
    里わの火影も、森の色も、田中の小路をたどる人も、
    
蛙のなくねも、かねの音も、さながら霞める 朧月夜。
    (作詞/高野辰之、作曲/岡野貞一)

    Ya1

    Ya4

    ランチの席では、日ごろはあまりお会いする機会のないミューズ・クリエイションのWhatsAppグループのメンバーやそのご家族、そして当方の発信をご覧になっている初対面の方々にも声をかけていただいて、とても楽しいひとときだった。

    Ya2

    Ya10

    ところでシャングリ・ラ・ホテルに来るたびに、ロビーのフラワーアレンジメントの前で写真撮影をするのが恒例なのだが、今回は、笑えるほどダイナミックだった。多分、独立記念日に因んでの国鳥クジャクの登場なのかもしれない。もはや、アミューズメントパーク状態だ。

    そして毎度、情景とのコーディネーションが冴えている我。

    Ya9

    Ya3

    🇯🇵弥生3月。盛夏の南天竺で、日本の春を祝う。インド人の友らを招き、茶懐石、茶道の経験を分かち合うひととき。

  • Sar11

    Sar5

    先週は、おめでたい週末であった。夫の誕生日の翌日、8月10日の夜、バンガロールを代表するミュージアム、MAPへと赴いた。創業者であるAbhishek の誕生日パーティが開かれたのだ。MAPは2020年12月から、インド初のデジタル美術館を稼働。パンデミックを経て2023年に、一般公開が開始された。このミュージアムの誕生により、バンガロールの魅力が増したと言っても過言ではない。

    Sar2

    Abhishekは、インドで最も著名なアート蒐集家のひとり。美術品、写真、テキスタイルなど、彼の幅広いコレクションがMAPの中核を成している。芸術に関する見識豊かな彼は、バンガロール市民らが集う文化的な場所の構築を目指していた。WiproやBiocon、Infosys、TCSといった大企業のCSR(企業の社会貢献)、篤志家からの支援を背景に、フィランソロピーの理念に沿ったプロジェクトで、ミュージアムの具現化に至った。

    Sar9

    Sar1

    Sar12

    同ミュージアムには、わたしもこれまで何度か訪れ、記録を残している。その中から以下、2つの記事をピックアップしているので、ぜひ目を通していただければと思う。

    なお、Abhishekの妻、Radhikaは、バンガロールを代表するファッション&インテリアのブティックCinnamonのオーナーだ。わたしは、バンガロール移住当初からしばしばCinnamonを訪れ、高品質なインド・デザイナーズのファッションやインテリア小物を購入してきた。世の中が沈み込んでいた2020年12月のパンデミック時代、「静かに」ミューズ・クリエイションのクリスマスバザールを開催した際に、Cinnamonの一室を無償で提供していただくなど、お世話にもなった。

    Sar4

    Sar3

    Sar10

    今、その店舗は、MAPのミュージアムショップになっている。Cinnamonは、レストランを併設するとてもすてきなブティックにつき、MAPと並んで、ぜひ訪れてみてほしい。

    Sar7

    パーティの会場では、親しい友人らとも顔を合わせ、賑やかなソーシャルタイム。そのあいまに、ミュージアムの展示をゆっくりと眺めるなど、贅沢な時間を過ごした。

    この夜は、久しぶりにMRINALINIのダブル・イカット(経緯絣/たてよこがすり)のシルク・サリーを着用。伝統的なテキスタイルながらモダンなデザインで、ミュージアムの雰囲気とも合っている。MRINALINIは、友人のYashoのブランドで、パンデミックの最中、販売の機会を失っていた伝統工芸の職人たちを支援すべく立ち上げられた。

    Yashoが選ぶサリーは、高度な技術を持つ職人たちの技とセンスが生きた作品(商品)ばかり。わたしはYashoの好みと似通っているので、ここ数年は、MRINALINIのサリーしか購入していない。買うつもりはなくても、彼女が新作を入荷するたびに、お宅へ伺い(我々の新居と同じコミュニティ)、「見るだけ」と思いつつ、買ってしまうのだ。

    さて、ミュージアムに到着後、一足先に会場に入った夫が、振り返りざま、目を輝かせていう。

    「ミホ! Yashoがミホと同じサリーを着ているよ!!」

    見ればYashoも、黒と銀の輝きが上品な、イカットのサリーを着ている。彼女のサリー姿は、いつ見ても、格別に美しい。

    ……というか、夫よ。確かに似てはいるけれど、「同じ」じゃないからね。

    それはさておき、彼女の小物遣いも、とても洗練されている。額のビンディーもカラー・コーディネートされている。シルヴァーのトライブ(民族/部族)のジュエリーは、ごつい印象になりそうだと思っていたが、彼女が身につけていると、とてもエレガントだ。こういう雰囲気もいいなと……と、わたしも試してみたくなった。

    近いうち、MRINALINIとMUSEのコラボレーションで、サリーの展示販売会を実施したいと考えている。多くの人(特に日本人)に、質のよいサリーを選んでもらえれば……との思いだ。参考までに、過去のYashoとの2ショット写真も載せておく。

    2022年に京友禅サリーのプロモーターとして展示会をしたときのものと、ジャイプールでのパーティのときのもの。このときわたしが着ているのも、MRINALINIのサリーで、やはり偶然、二人、似たようなデザインだった。

    着物もいいけど、サリーもいい。伝統衣装というのは、本当に、美しいものだとつくづく思う。

    🎨MAP/ Museum of Art & Photography バンガロールに芸術の拠点が誕生。(2022/12/10)

    🎨ACT MUZ企画でミュージアム見学。『ラーマーヤナ』を軸に学ぶ、時空を越えるインド世界の今昔

    🎄Memories of Muse Charity Tiny Bazaar 2020/ 小さなチャリティバザールの、小さな思い出@シナモン

    🌻バンガロール探訪 Explore Bangalore 001
    道中の光景ほか、英国統治時代の面影を残すBangalore Club, Taj West End, Cinnamon

    🥻『インドのテキスタイルとサリー講座』で「不易流行」。古来からの歴史、文化、伝統、政治、世相を映す、インドの布世界。(2023/09/30)

    🥻MRINALINI

    Sar6

    Sar13

  • Sa8

    Sa10

    Sa11

    Sa3

    今でこそ、ファストファッションの流入や欧米ブランドの進出により、化繊の衣類も普及しているインドだが、わたしが2005年に移住した当初は、綿や絹、麻、竹などの天然素材を用いた衣類が主流だった。

    この20年の間にも、インドのファッション・シーンは変容し続けている。詳細は割愛するが、ともあれ伝統的なテキスタイルや手工芸品を尊重しようという趨勢は保たれていると感じる。

    わたしはインドに暮らしはじめて以来、食品だけでなく衣類もまた、自然志向に移行した。化繊の衣類を着ると、皮膚の呼吸が苦しくなる気さえする。特に夏場は木綿に限る。バンガロールの夏は短く、年間を通して過ごしやすいが、2008年から2年間、ムンバイと二都市生活をしていたころは、ムンバイ宅で木綿の服以外を着ることはほぼなかった。

    木綿服を好んで着るようになったのは、わたしだけではない。我が母も同様だ。かつて母は、しばしばインドを訪れ、3カ月ほど滞在することも何度かあった。そのたびに、インドの廉価で着心地のよい木綿服を購入し、日本の夏の蒸し暑さを凌いでいた。2014年を最後に過去10年は、母はインドを訪れていないものの、わたしは一時帰国のたびに、涼しげな服を選んで持ち帰っている。

    昨今では、インドも物価が上がり、対して日本の円安の傾向もあって、決してインド服が割安だとは言い難い。それでも日本に比べれば、木綿の服を、種類も豊富に廉価で入手できる。

    過去10年あまり、夏の暑さが加速しているとの印象を受ける日本。母とは数日に一度、ヴィデオ電話でやりとりをするが、家に冷房が入っていてなお、暑さが伝わる。ちなみに夏の間は、母は概ね、インドの木綿服を着ている。前回の一時帰国時には、あまり服を買って帰らなかったので、久しぶりに郵便で送ろうと、先日、買い物に出かけた。

    バンガロールにも、ハンドブロック・プリント製品、木綿、絹などの衣類を扱う昔ながらのブランドの店舗がいくつかある。その多くが、北インドのジャイプールを拠点としており、カラフルで魅力的なデザインが多い。

    まずはAnokhiで買い物をするつもりで出かけたが、Leela Palace Hotelに併設するショッピングアーケードが大改装中で、Anokhiが移転していた。他店舗に訪れるには距離がありすぎるので、やむなくインディラナガールのFabindiaとThe Shopの2店舗に立ち寄り、着心地よく涼しげな服を選んだ。本当ならば、実際に試着してもらうのが一番だが、そうはいかない。わたしが試着して、着心地を確認した上で購入する。

    いずれも、昨今のデザイナーズブランドに比べれば、極めて手ごろな値段だ。各ブランドの歴史的背景など、その特徴までも記したいところだが、長くなりすぎるので控える。昨今のインド。魅力的なファッションブランドは無数にあるが、バンガロールに店舗を持つ店の中からいくつかを、以下、参考までに紹介しておく。

    Sa5

    Sa4

    Sa7

    Sa12

    Sa6

    【ブランド店】

    🍃Anokhi

    🍃Fabindia

    🍃The Shop

    🍃Cottons

    🍃Ratan Jaipur

    🍃Jaypore

    🌻Good Earth

    🌻Nicobar

    【ブティック/複数の高品質なブランドを販売】

    🏡Cinnamon

    🏡ffolio

    🏡Raintree

    Sa9

  • Sbr4

    When I recently attended the Mysure Literature Festival, I wore an Indian bandhani (tie-dyed) saree on the first day and a Japanese Arimatsu Shibori yukata on the second day.

    Many people asked, “You made this yukata in Bandhani, didn’t you?”

    I dared to choose a saree and a yukata with the same technique to express the historical connection between Indian and Japanese textiles. However, they were so similar that it did not seem to be Japanese.

    Shibori is a cloth-making technique known as “Tie & Dye” in English, and “Bandhani” in India. The history of this technique dates back to the Indus civilization. The dyeing technique originated in India and came to Japan via the Silk Road around the 7th century. In the Nara period (710-794), various techniques were born one after another in Japan. Among them, Kyoto’s “Kanoko-Shibori,” which reached its peak in the Edo period, is widely known.

    It is said that the Shibori technique developed in Japan was brought to India by Rabindranath Tagore. He was a close friend of Kakuzo (Tenshin) Okakura and visited Japan many times. His passion for the revival of traditional arts and the survival of handicrafts has been inherited, and in 1997, the 2nd International Shibori Symposium was held in Ahmedabad in 1997.

    Sbr8

    Sbr8

    Sbr2

    Sbr2

    🇯🇵先日、マイスール文学祭に参加した際、初日はインドのバンダーニ(絞り染め)のサリーを、二日目は日本の有松絞りの浴衣を着た。わたしの浴衣を見たインドの人の多くが「インドのバンダーニで浴衣を作ったのですね」と言われた。

    インドと日本のテキスタイルの歴史的な繋がりを表現したく、わたしは敢えて、同じ技法のサリーと浴衣を選んだ。しかし、あまりにも似すぎていたので、日本のものとは思われなかったようだ。

    日本では「絞り」「絞り染め」、英語ではTie&Dye、インドではバンダーニ(Bandhani)と呼ばれる布作りの技法。歴史は遥か5000年前のインダス文明に遡る。インドで生まれた染色技術が、シルクロードを経て日本に渡来しのたは7世紀ごろ。奈良時代には日本独自の多様な技法が次々と誕生した。中でも江戸時代に隆盛を極めた京都の「鹿の子絞り」は、広く知られるところだ。

    日本で育まれた絞りの技術は、ラビンドラナート・タゴールによってインドにもたらされたという。インド国歌を作詞作曲、ノーベル文学賞を受賞した偉大なる詩人、思想家タゴール。彼は岡倉天心との親交も深く、何度も来日している。伝統芸術の復興や手工芸の存続にも尽力していた彼の情熱は、継承されてきた。1997年には、北インドのアーメダバードで、第2回国際絞りシンポジウムが開催されるに至った。

    インドと日本の歴史的な繋がりの豊かさは尽きず。共通項を拾い集めることは、則ち日本の歴史を辿ることでもあり。テキスタイルひとつをとっても、その深淵に圧倒されるのだ。

    Sbr3

    Sbr3

    Sbr1

    Sbr9

    Sbr7

  • SE5

    SE10

    SE2

    SE1

    一時帰国。母へのお土産を買うために、DASTKAR Bazaar 最終日に滑り込み。

    母はもう15年以上、インドの自然派ソープやローションを愛用している。オンラインでも買えるけれど、バザールでは新たな発見がある。ゆえに、足を運ぶ。

    コーヒー豆や各種お茶、シャンプーなどはすでに注文済み。

    わずか90分間にも、晴れたり降ったり、落ち着かない天気。そんな時節の青空は、眩い雲を浮かべて美しい。

    フライトは木曜深夜。ようやく気持ちが帰国に向けてシフトしつつある。さて、これからゆっくりと荷造りをはじめ、日本での3週間の過ごし方を考えよう。

    ……と書いているうちにも、なんだか眠い。

    ひとまずは、猫らと昼寝をしよう😺😴

    SE3

    SE4

    SE6

    SE7

    SE9

    SE8

  • Ck4

    Ck3

    Ck7

    金曜日は、非常に有意義な1日だった。バンガロールの老舗ジュエリーショップ「C Krishniah Chetty & Sons」が運営するクリスタル・ミュージアムサロンにて、日本に関するプレゼンテーションをする好機に恵まれたのだ。

    オーナー夫妻が友人だということもあり、以前もクリスタル・ミュージアムの開館セレモニーに招かれたり、3月下旬にはミューズ・クリエイションのメンバーと共にジュエリーショップとミュージアムの見学をさせていただくなどの交流があった。

    「クリスタル・ミュージアム」は開館以来、顧客を招いてのさまざまな文化的なイヴェントを実施されており、わたしも以前、「ラーマーヤナ」に関するトークに参加させていただいた。昨年末、わたしが「着物とサリーの比較展示会」を実施したことを受けての、今回の催しの実現である。

    Ck9

    Ck5

    招待客は同店の顧客を中心に70〜80名。わたしの友人知人も招待した。日本人の参加希望者は、ミューズ・クリエイションの若者メンバーら含め7名。インド人に対してはもちろんだが、日本の人たちにも知ってほしい厚みと深みのある内容だ。

    当日の朝、設営のために会場へ赴いたところ、担当の女性が慌ただしくしている。聞けば、前日になり、急に参加者希望者が増えて、かつてなく100名以上が出席するとのこと。席についての食事をしながらの催しにつき、追加の手配や館内のレイアウトの変更作業に追われていた。

    わたしの身の回りのインドの人たちの日本に対する関心の高さについては常々、言及しているが、今回のイヴェントではそのことを改めて実感すると同時に、生半可なことは伝えられないと、身の引き締まる思いである。

    🇯🇵

    ご存知の通り、バンガロールに戻ってからもしばらくエジプトの記録を書き上げるのに時間を費やし、なかなか気持ちが日本に向かなかった。エジプトの扉を一旦閉じて、今度は古の日本に思いを馳せつつ、新たな資料を作成。

    オーナーからは、日本独自の魅力の理由や、日本とインドの共通点についても言及してほしいと依頼されていた。今回はそこを、かなり深く掘り下げた。

    日本とインドのシルクロードを経てのテキスタイルの交流、明治時代の綿を巡る日印貿易(タタ財閥創業者と渋沢栄一の関係)、タゴールに岡倉天心、タゴールと絞り染め、そこから日本の着物とインドのサリーの共通項、そして神道と仏教の関係史と、弁財天や大黒天などインド由来の神々の話など……。例を挙げれば尽きない。

    自分で資料を作りながら、面白すぎて、数日間、没頭していた。資料は厚くなるばかりだが、話せる時間は60分。資料は後ほどシェアすることを前提に、毎度のごとく丁寧に編集した。

    神道と古代エジプトのシンクロナイズも相まって、またしてもエジプトの扉が開きかける。

    🇯🇵

    新居からは、「引っ越しですか?」というくらいに、またしてもマネキンガールズ2名や着物、帯、それに雛人形をはじめ、さまざまな日本の伝統工芸品を詰め込む。

    プレゼンテーションの準備、荷造り、荷解き展示、イヴェント、そして片付け……と、怒涛のような数日間だったが、力を入れた甲斐はあった。

    大半のゲストが、ビジネスや個人的関心と、何かしら日本と関係をお持ちだ。トークの後は、多くのゲストに声をかけられ、感想を伝えられた。

    「今日の話を聞いて、自分は今まで左脳で日本を理解してと気づいた。しかし今日、右脳で日本を深く知れた気がする。今後、日本とビジネスをする上で非常に役立ちました」といった感想も励みとなった。

    🇯🇵

    ところで、インド・ファッションに身を包んだマネキンたちも着物や羽織を羽織ってくれた。なかなかにお似合い😁

    来週は日本へ一時帰国。日本では、今回こそ、新しい浴衣を数枚、買おう!(着物は暑い😅)

    Ck6

    Ck2

    Ck8

    🇮🇳創業155年のジュエリー店にて学ぶこと尽きず。インドの歴史、伝統、文化、宗教、占星術、家族の絆……そして地球の力!(2024/3/25)
    https://museindia.typepad.jp/mss/2024/03/crystal.html

    ◉老舗貴金属店の「クリスタル・ミュージアム」開館セレモニーへ。(2023/07/12)
    https://museindia.typepad.jp/2023/2023/07/crystal.html

    ◉バンガロールの老舗ジュエリー店で、宝石の歴史を辿る。(2022/10/05)
    https://museindia-bxdri.wordpress.com/2022/10/05/crystal-2/

  • In5

    In2

    In7

    月曜日の朝、ミーティングのためインディラナガールへ。南北に伸びる目抜き通りの100フィートロード。かつてはこの通り沿いに、ポツポツと飲食店やブティックがあるばかりだったが、わたしが知る限りにおいても、20年前から恒常的に、いつもどこかで工事が行われている。

    今は亡き、義父ロメイシュがバンガロールに「単身赴任」していた1980年代。インディラナガールは、「森の中の住宅地」という風情だったという。当時デリーに暮らしていた夫は、学校が休みのときなどバンガロールを訪れていたというが、インディラナガールは夜になると闇に包まれ、怖いくらいに静かだったと言う。その面影、今は幻。

    この10年余りで変貌が著しいのは、100フィートロードに交差して東西に横たわる12th Main。かつてはしばしば、Kerala Ayurvedaの診療所に通っていたこともあり、馴染みの通りでもあった。当時、目ぼしい店といえば、ヴェトナム料理店のPhobidden Fruitと、アイスクリームのCorner House、今はなき、お気に入りだったパールシー料理店のDaddy’s Deliがあるくらいだった。しかし気づけば、通りの左右にレストランやカフェ、ブティックが林立している。

    まずはランチを……と、予約をいれていないにも関わらず、12th Mainの西端に位置する4P’Sへ。一人だからカウンターが空いていれば……と思ったが、予想通り満席とのこと。仕方ない……と、目星をつけていた近くの新しい店Conçuでランチを取ることにした。ハイデラバード拠点のこの店。オーダーメイドのケーキを作る「ケーキブティック」として誕生した模様。ショーケースにはおいしそうなスイーツが並んでいるが……この日はマッシュルームとチーズのサンドイッチを注文。揚げたてのフライもおいしく、ハイデラバードにてオリジナルで作っているというKOMBU-CHAも、甘味控えめでさっぱりした味わいだ。

    食後は、12th Mainを東へ歩く。FabIndia、Nicobar、Jayporeなど、なじみの店舗に立ち寄りつつ、最後にThe Shop(https://www.theshopindia.com/)でショッピング。1969年デリー創業のこのブランド。コンノート・プレイスの店舗に初めて足を運んで以来、お気に入りのテキスタイル店のひとつだ。バンガロールには、中心部に一度、開店したことがあったが、数年後に閉店。このインディラナガール店はパンデミックのあとにオープンした。衣類はじめ、テーブルやベッドリネン、インドと欧州のセンスが融合した華やかで楽しいテキスタイルが魅力だ。

    このエリアのガイドマップを作るとしたら、常時改訂をせねばならないな……と思いつつ。そういえば、5年前にミューズ・クリエイションで作ったGoogleオリジナルマップも放置したまま。誰か、改訂作業に協力して欲しいものだ。『バンガロール・ガイドブック』からアクセスできます。https://lit.link/en/bangalore

    In4

    In3

    In1

    In6

    🇮🇳楽しみながら濃密インプット。「百聞は一見に如かず」の視察旅行、実践編。2022/09/22
    https://museindia.typepad.jp/2022/2022/09/info.html

    🇮🇳インディラナガール。12th Mainが熱いのだ。2018/04/25
    https://museindia.typepad.jp/eat/2018/04/12th.html

  • Uc5

    Uc8

    Uc9

    今年初の海外旅行を1週間後に控え、諸々の準備。対外的なミーティングは最低限に、主には身体のメンテナンス。NURAの健診やアーユルヴェーダ主治医からの診察、そしてメガネやコンタクトレンズの新調……。老眼の進行で見えづらくなっていたにも関わらず、久しく同じメガネを使い、遠近両用コンタクトレンズを使用していた。緊急性がないだけに、つい後回しにしてしまいがちだが、日々の暮らしの質を大きく変えるものでもあり。昨今、読書に集中できないのは、目の問題が一因だと感じ、しっかりとした読書用眼鏡(老眼鏡)も注文した。

    ボディケア……といえば、かつてはスパやビューティーサロンに通っていたが、最近はすっかりUrban Company (旧Urban Clap)に頼っている。月に数回のフルボディマッサージ、そして数カ月に一度のペディキュア。といっても、エナメルは塗らず、お手入れをしてもらうのが目的。昔はよく塗っていたが、このごろは爪が痛みやすいので「素」が基本。

    マッサージの際には、ベッドをはじめ、使用するオイルや使い捨てのシーツ、下着類など必要なものはすべて持参してくれる。ネイルケアにしても然り。ゆえにこちらは何を準備する必要もないが、わたしは自分の好みのオイル(アーユルヴェーダ)を準備している。

    Urban Companyの創業はつい数年前だ……と思いきや、調べてみれば2014年。もう10年も経っていたとは! マッサージにフェイシャル、ネイルケア、ヘアカットにメイクアップなどのサーヴィスをはじめ、家電の修理、部屋の掃除、ペンキ塗り、ペストコントロール(害虫駆除)など、多彩なサーヴィスを展開している。

    インドでは、親戚や友人知人はもちろんのこと、使用人、業者、各種修理人……と、他者を自宅に「気軽に招き入れる」のが一般的。そんな社会的背景だからこそ伸び代のあるビジネスモデル。サーヴィス開始以来、瞬く間に事業は拡大していた。

    もちろん、高級ホテルのスパなどで、雰囲気を楽しみつつトリートメントを受けるのもいいものだが、自宅に来てもらえるのは時間の大幅な節約にもなるし、よりリラックスできる。廉価なのも魅力だ。1枚目の写真は、ペディキュア・スパを受けているところ。とっ散らかって見苦しい写真で失礼。このように、必要な道具を一式、持参で来てくれるのだ。ちなみに2枚目の写真は別の日に撮影したもの。エステティシャンらのクオリティも概ね高く、安心して任せられる。

    ところでパンデミック時代に数多くの動画を作ったが、インドの美容についても語っている。また、インド系Youtuberの眞代さんとのコラボレーション『教えて! みほ先輩!』シリーズでも、インドの自然派コスメや美容関係について、語っていたことを先日思い出した。久々に見ると、商品の栄枯盛衰が顕著で、すでにお勧めできないプロダクツもあるのだが、非常に面白い(自分で言う)のでご覧いただければと思う。

    Uc3

    Uc1

    ◉インド自然派メイクアップ・コスメ(2020年7月撮影動画)坂田の雑なメイク実演。日本のMiMCのコスメも愛用。オーガニックなハーブ使用のヘアカラー

    ◉インドには高品質オーガニック・スキンケア製品が沢山!?インドの美容とスキンケアについて「教えて!みほ先輩!」