不易流行 〜インドのファッション&ビューティ〜

FASHION & BEAUTY in INDIA/インドの多様性を映す民族衣装サリー情報をはじめ、昨今のファッションやジュエリー、コスメティクスのトレンドをご紹介。

✈︎ 過去ブログ/2005〜2025

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    先週は、おめでたい週末であった。夫の誕生日の翌日、8月10日の夜、バンガロールを代表するミュージアム、MAPへと赴いた。創業者であるAbhishek の誕生日パーティが開かれたのだ。MAPは2020年12月から、インド初のデジタル美術館を稼働。パンデミックを経て2023年に、一般公開が開始された。このミュージアムの誕生により、バンガロールの魅力が増したと言っても過言ではない。

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    Abhishekは、インドで最も著名なアート蒐集家のひとり。美術品、写真、テキスタイルなど、彼の幅広いコレクションがMAPの中核を成している。芸術に関する見識豊かな彼は、バンガロール市民らが集う文化的な場所の構築を目指していた。WiproやBiocon、Infosys、TCSといった大企業のCSR(企業の社会貢献)、篤志家からの支援を背景に、フィランソロピーの理念に沿ったプロジェクトで、ミュージアムの具現化に至った。

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    同ミュージアムには、わたしもこれまで何度か訪れ、記録を残している。その中から以下、2つの記事をピックアップしているので、ぜひ目を通していただければと思う。

    なお、Abhishekの妻、Radhikaは、バンガロールを代表するファッション&インテリアのブティックCinnamonのオーナーだ。わたしは、バンガロール移住当初からしばしばCinnamonを訪れ、高品質なインド・デザイナーズのファッションやインテリア小物を購入してきた。世の中が沈み込んでいた2020年12月のパンデミック時代、「静かに」ミューズ・クリエイションのクリスマスバザールを開催した際に、Cinnamonの一室を無償で提供していただくなど、お世話にもなった。

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    今、その店舗は、MAPのミュージアムショップになっている。Cinnamonは、レストランを併設するとてもすてきなブティックにつき、MAPと並んで、ぜひ訪れてみてほしい。

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    パーティの会場では、親しい友人らとも顔を合わせ、賑やかなソーシャルタイム。そのあいまに、ミュージアムの展示をゆっくりと眺めるなど、贅沢な時間を過ごした。

    この夜は、久しぶりにMRINALINIのダブル・イカット(経緯絣/たてよこがすり)のシルク・サリーを着用。伝統的なテキスタイルながらモダンなデザインで、ミュージアムの雰囲気とも合っている。MRINALINIは、友人のYashoのブランドで、パンデミックの最中、販売の機会を失っていた伝統工芸の職人たちを支援すべく立ち上げられた。

    Yashoが選ぶサリーは、高度な技術を持つ職人たちの技とセンスが生きた作品(商品)ばかり。わたしはYashoの好みと似通っているので、ここ数年は、MRINALINIのサリーしか購入していない。買うつもりはなくても、彼女が新作を入荷するたびに、お宅へ伺い(我々の新居と同じコミュニティ)、「見るだけ」と思いつつ、買ってしまうのだ。

    さて、ミュージアムに到着後、一足先に会場に入った夫が、振り返りざま、目を輝かせていう。

    「ミホ! Yashoがミホと同じサリーを着ているよ!!」

    見ればYashoも、黒と銀の輝きが上品な、イカットのサリーを着ている。彼女のサリー姿は、いつ見ても、格別に美しい。

    ……というか、夫よ。確かに似てはいるけれど、「同じ」じゃないからね。

    それはさておき、彼女の小物遣いも、とても洗練されている。額のビンディーもカラー・コーディネートされている。シルヴァーのトライブ(民族/部族)のジュエリーは、ごつい印象になりそうだと思っていたが、彼女が身につけていると、とてもエレガントだ。こういう雰囲気もいいなと……と、わたしも試してみたくなった。

    近いうち、MRINALINIとMUSEのコラボレーションで、サリーの展示販売会を実施したいと考えている。多くの人(特に日本人)に、質のよいサリーを選んでもらえれば……との思いだ。参考までに、過去のYashoとの2ショット写真も載せておく。

    2022年に京友禅サリーのプロモーターとして展示会をしたときのものと、ジャイプールでのパーティのときのもの。このときわたしが着ているのも、MRINALINIのサリーで、やはり偶然、二人、似たようなデザインだった。

    着物もいいけど、サリーもいい。伝統衣装というのは、本当に、美しいものだとつくづく思う。

    🎨MAP/ Museum of Art & Photography バンガロールに芸術の拠点が誕生。(2022/12/10)

    🎨ACT MUZ企画でミュージアム見学。『ラーマーヤナ』を軸に学ぶ、時空を越えるインド世界の今昔

    🎄Memories of Muse Charity Tiny Bazaar 2020/ 小さなチャリティバザールの、小さな思い出@シナモン

    🌻バンガロール探訪 Explore Bangalore 001
    道中の光景ほか、英国統治時代の面影を残すBangalore Club, Taj West End, Cinnamon

    🥻『インドのテキスタイルとサリー講座』で「不易流行」。古来からの歴史、文化、伝統、政治、世相を映す、インドの布世界。(2023/09/30)

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    今でこそ、ファストファッションの流入や欧米ブランドの進出により、化繊の衣類も普及しているインドだが、わたしが2005年に移住した当初は、綿や絹、麻、竹などの天然素材を用いた衣類が主流だった。

    この20年の間にも、インドのファッション・シーンは変容し続けている。詳細は割愛するが、ともあれ伝統的なテキスタイルや手工芸品を尊重しようという趨勢は保たれていると感じる。

    わたしはインドに暮らしはじめて以来、食品だけでなく衣類もまた、自然志向に移行した。化繊の衣類を着ると、皮膚の呼吸が苦しくなる気さえする。特に夏場は木綿に限る。バンガロールの夏は短く、年間を通して過ごしやすいが、2008年から2年間、ムンバイと二都市生活をしていたころは、ムンバイ宅で木綿の服以外を着ることはほぼなかった。

    木綿服を好んで着るようになったのは、わたしだけではない。我が母も同様だ。かつて母は、しばしばインドを訪れ、3カ月ほど滞在することも何度かあった。そのたびに、インドの廉価で着心地のよい木綿服を購入し、日本の夏の蒸し暑さを凌いでいた。2014年を最後に過去10年は、母はインドを訪れていないものの、わたしは一時帰国のたびに、涼しげな服を選んで持ち帰っている。

    昨今では、インドも物価が上がり、対して日本の円安の傾向もあって、決してインド服が割安だとは言い難い。それでも日本に比べれば、木綿の服を、種類も豊富に廉価で入手できる。

    過去10年あまり、夏の暑さが加速しているとの印象を受ける日本。母とは数日に一度、ヴィデオ電話でやりとりをするが、家に冷房が入っていてなお、暑さが伝わる。ちなみに夏の間は、母は概ね、インドの木綿服を着ている。前回の一時帰国時には、あまり服を買って帰らなかったので、久しぶりに郵便で送ろうと、先日、買い物に出かけた。

    バンガロールにも、ハンドブロック・プリント製品、木綿、絹などの衣類を扱う昔ながらのブランドの店舗がいくつかある。その多くが、北インドのジャイプールを拠点としており、カラフルで魅力的なデザインが多い。

    まずはAnokhiで買い物をするつもりで出かけたが、Leela Palace Hotelに併設するショッピングアーケードが大改装中で、Anokhiが移転していた。他店舗に訪れるには距離がありすぎるので、やむなくインディラナガールのFabindiaとThe Shopの2店舗に立ち寄り、着心地よく涼しげな服を選んだ。本当ならば、実際に試着してもらうのが一番だが、そうはいかない。わたしが試着して、着心地を確認した上で購入する。

    いずれも、昨今のデザイナーズブランドに比べれば、極めて手ごろな値段だ。各ブランドの歴史的背景など、その特徴までも記したいところだが、長くなりすぎるので控える。昨今のインド。魅力的なファッションブランドは無数にあるが、バンガロールに店舗を持つ店の中からいくつかを、以下、参考までに紹介しておく。

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    【ブランド店】

    🍃Anokhi

    🍃Fabindia

    🍃The Shop

    🍃Cottons

    🍃Ratan Jaipur

    🍃Jaypore

    🌻Good Earth

    🌻Nicobar

    【ブティック/複数の高品質なブランドを販売】

    🏡Cinnamon

    🏡ffolio

    🏡Raintree

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    When I recently attended the Mysure Literature Festival, I wore an Indian bandhani (tie-dyed) saree on the first day and a Japanese Arimatsu Shibori yukata on the second day.

    Many people asked, “You made this yukata in Bandhani, didn’t you?”

    I dared to choose a saree and a yukata with the same technique to express the historical connection between Indian and Japanese textiles. However, they were so similar that it did not seem to be Japanese.

    Shibori is a cloth-making technique known as “Tie & Dye” in English, and “Bandhani” in India. The history of this technique dates back to the Indus civilization. The dyeing technique originated in India and came to Japan via the Silk Road around the 7th century. In the Nara period (710-794), various techniques were born one after another in Japan. Among them, Kyoto’s “Kanoko-Shibori,” which reached its peak in the Edo period, is widely known.

    It is said that the Shibori technique developed in Japan was brought to India by Rabindranath Tagore. He was a close friend of Kakuzo (Tenshin) Okakura and visited Japan many times. His passion for the revival of traditional arts and the survival of handicrafts has been inherited, and in 1997, the 2nd International Shibori Symposium was held in Ahmedabad in 1997.

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    🇯🇵先日、マイスール文学祭に参加した際、初日はインドのバンダーニ(絞り染め)のサリーを、二日目は日本の有松絞りの浴衣を着た。わたしの浴衣を見たインドの人の多くが「インドのバンダーニで浴衣を作ったのですね」と言われた。

    インドと日本のテキスタイルの歴史的な繋がりを表現したく、わたしは敢えて、同じ技法のサリーと浴衣を選んだ。しかし、あまりにも似すぎていたので、日本のものとは思われなかったようだ。

    日本では「絞り」「絞り染め」、英語ではTie&Dye、インドではバンダーニ(Bandhani)と呼ばれる布作りの技法。歴史は遥か5000年前のインダス文明に遡る。インドで生まれた染色技術が、シルクロードを経て日本に渡来しのたは7世紀ごろ。奈良時代には日本独自の多様な技法が次々と誕生した。中でも江戸時代に隆盛を極めた京都の「鹿の子絞り」は、広く知られるところだ。

    日本で育まれた絞りの技術は、ラビンドラナート・タゴールによってインドにもたらされたという。インド国歌を作詞作曲、ノーベル文学賞を受賞した偉大なる詩人、思想家タゴール。彼は岡倉天心との親交も深く、何度も来日している。伝統芸術の復興や手工芸の存続にも尽力していた彼の情熱は、継承されてきた。1997年には、北インドのアーメダバードで、第2回国際絞りシンポジウムが開催されるに至った。

    インドと日本の歴史的な繋がりの豊かさは尽きず。共通項を拾い集めることは、則ち日本の歴史を辿ることでもあり。テキスタイルひとつをとっても、その深淵に圧倒されるのだ。

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    一時帰国。母へのお土産を買うために、DASTKAR Bazaar 最終日に滑り込み。

    母はもう15年以上、インドの自然派ソープやローションを愛用している。オンラインでも買えるけれど、バザールでは新たな発見がある。ゆえに、足を運ぶ。

    コーヒー豆や各種お茶、シャンプーなどはすでに注文済み。

    わずか90分間にも、晴れたり降ったり、落ち着かない天気。そんな時節の青空は、眩い雲を浮かべて美しい。

    フライトは木曜深夜。ようやく気持ちが帰国に向けてシフトしつつある。さて、これからゆっくりと荷造りをはじめ、日本での3週間の過ごし方を考えよう。

    ……と書いているうちにも、なんだか眠い。

    ひとまずは、猫らと昼寝をしよう😺😴

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    金曜日は、非常に有意義な1日だった。バンガロールの老舗ジュエリーショップ「C Krishniah Chetty & Sons」が運営するクリスタル・ミュージアムサロンにて、日本に関するプレゼンテーションをする好機に恵まれたのだ。

    オーナー夫妻が友人だということもあり、以前もクリスタル・ミュージアムの開館セレモニーに招かれたり、3月下旬にはミューズ・クリエイションのメンバーと共にジュエリーショップとミュージアムの見学をさせていただくなどの交流があった。

    「クリスタル・ミュージアム」は開館以来、顧客を招いてのさまざまな文化的なイヴェントを実施されており、わたしも以前、「ラーマーヤナ」に関するトークに参加させていただいた。昨年末、わたしが「着物とサリーの比較展示会」を実施したことを受けての、今回の催しの実現である。

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    招待客は同店の顧客を中心に70〜80名。わたしの友人知人も招待した。日本人の参加希望者は、ミューズ・クリエイションの若者メンバーら含め7名。インド人に対してはもちろんだが、日本の人たちにも知ってほしい厚みと深みのある内容だ。

    当日の朝、設営のために会場へ赴いたところ、担当の女性が慌ただしくしている。聞けば、前日になり、急に参加者希望者が増えて、かつてなく100名以上が出席するとのこと。席についての食事をしながらの催しにつき、追加の手配や館内のレイアウトの変更作業に追われていた。

    わたしの身の回りのインドの人たちの日本に対する関心の高さについては常々、言及しているが、今回のイヴェントではそのことを改めて実感すると同時に、生半可なことは伝えられないと、身の引き締まる思いである。

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    ご存知の通り、バンガロールに戻ってからもしばらくエジプトの記録を書き上げるのに時間を費やし、なかなか気持ちが日本に向かなかった。エジプトの扉を一旦閉じて、今度は古の日本に思いを馳せつつ、新たな資料を作成。

    オーナーからは、日本独自の魅力の理由や、日本とインドの共通点についても言及してほしいと依頼されていた。今回はそこを、かなり深く掘り下げた。

    日本とインドのシルクロードを経てのテキスタイルの交流、明治時代の綿を巡る日印貿易(タタ財閥創業者と渋沢栄一の関係)、タゴールに岡倉天心、タゴールと絞り染め、そこから日本の着物とインドのサリーの共通項、そして神道と仏教の関係史と、弁財天や大黒天などインド由来の神々の話など……。例を挙げれば尽きない。

    自分で資料を作りながら、面白すぎて、数日間、没頭していた。資料は厚くなるばかりだが、話せる時間は60分。資料は後ほどシェアすることを前提に、毎度のごとく丁寧に編集した。

    神道と古代エジプトのシンクロナイズも相まって、またしてもエジプトの扉が開きかける。

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    新居からは、「引っ越しですか?」というくらいに、またしてもマネキンガールズ2名や着物、帯、それに雛人形をはじめ、さまざまな日本の伝統工芸品を詰め込む。

    プレゼンテーションの準備、荷造り、荷解き展示、イヴェント、そして片付け……と、怒涛のような数日間だったが、力を入れた甲斐はあった。

    大半のゲストが、ビジネスや個人的関心と、何かしら日本と関係をお持ちだ。トークの後は、多くのゲストに声をかけられ、感想を伝えられた。

    「今日の話を聞いて、自分は今まで左脳で日本を理解してと気づいた。しかし今日、右脳で日本を深く知れた気がする。今後、日本とビジネスをする上で非常に役立ちました」といった感想も励みとなった。

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    ところで、インド・ファッションに身を包んだマネキンたちも着物や羽織を羽織ってくれた。なかなかにお似合い😁

    来週は日本へ一時帰国。日本では、今回こそ、新しい浴衣を数枚、買おう!(着物は暑い😅)

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    🇮🇳創業155年のジュエリー店にて学ぶこと尽きず。インドの歴史、伝統、文化、宗教、占星術、家族の絆……そして地球の力!(2024/3/25)
    https://museindia.typepad.jp/mss/2024/03/crystal.html

    ◉老舗貴金属店の「クリスタル・ミュージアム」開館セレモニーへ。(2023/07/12)
    https://museindia.typepad.jp/2023/2023/07/crystal.html

    ◉バンガロールの老舗ジュエリー店で、宝石の歴史を辿る。(2022/10/05)
    https://museindia-bxdri.wordpress.com/2022/10/05/crystal-2/

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    月曜日の朝、ミーティングのためインディラナガールへ。南北に伸びる目抜き通りの100フィートロード。かつてはこの通り沿いに、ポツポツと飲食店やブティックがあるばかりだったが、わたしが知る限りにおいても、20年前から恒常的に、いつもどこかで工事が行われている。

    今は亡き、義父ロメイシュがバンガロールに「単身赴任」していた1980年代。インディラナガールは、「森の中の住宅地」という風情だったという。当時デリーに暮らしていた夫は、学校が休みのときなどバンガロールを訪れていたというが、インディラナガールは夜になると闇に包まれ、怖いくらいに静かだったと言う。その面影、今は幻。

    この10年余りで変貌が著しいのは、100フィートロードに交差して東西に横たわる12th Main。かつてはしばしば、Kerala Ayurvedaの診療所に通っていたこともあり、馴染みの通りでもあった。当時、目ぼしい店といえば、ヴェトナム料理店のPhobidden Fruitと、アイスクリームのCorner House、今はなき、お気に入りだったパールシー料理店のDaddy’s Deliがあるくらいだった。しかし気づけば、通りの左右にレストランやカフェ、ブティックが林立している。

    まずはランチを……と、予約をいれていないにも関わらず、12th Mainの西端に位置する4P’Sへ。一人だからカウンターが空いていれば……と思ったが、予想通り満席とのこと。仕方ない……と、目星をつけていた近くの新しい店Conçuでランチを取ることにした。ハイデラバード拠点のこの店。オーダーメイドのケーキを作る「ケーキブティック」として誕生した模様。ショーケースにはおいしそうなスイーツが並んでいるが……この日はマッシュルームとチーズのサンドイッチを注文。揚げたてのフライもおいしく、ハイデラバードにてオリジナルで作っているというKOMBU-CHAも、甘味控えめでさっぱりした味わいだ。

    食後は、12th Mainを東へ歩く。FabIndia、Nicobar、Jayporeなど、なじみの店舗に立ち寄りつつ、最後にThe Shop(https://www.theshopindia.com/)でショッピング。1969年デリー創業のこのブランド。コンノート・プレイスの店舗に初めて足を運んで以来、お気に入りのテキスタイル店のひとつだ。バンガロールには、中心部に一度、開店したことがあったが、数年後に閉店。このインディラナガール店はパンデミックのあとにオープンした。衣類はじめ、テーブルやベッドリネン、インドと欧州のセンスが融合した華やかで楽しいテキスタイルが魅力だ。

    このエリアのガイドマップを作るとしたら、常時改訂をせねばならないな……と思いつつ。そういえば、5年前にミューズ・クリエイションで作ったGoogleオリジナルマップも放置したまま。誰か、改訂作業に協力して欲しいものだ。『バンガロール・ガイドブック』からアクセスできます。https://lit.link/en/bangalore

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    🇮🇳楽しみながら濃密インプット。「百聞は一見に如かず」の視察旅行、実践編。2022/09/22
    https://museindia.typepad.jp/2022/2022/09/info.html

    🇮🇳インディラナガール。12th Mainが熱いのだ。2018/04/25
    https://museindia.typepad.jp/eat/2018/04/12th.html

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    今年初の海外旅行を1週間後に控え、諸々の準備。対外的なミーティングは最低限に、主には身体のメンテナンス。NURAの健診やアーユルヴェーダ主治医からの診察、そしてメガネやコンタクトレンズの新調……。老眼の進行で見えづらくなっていたにも関わらず、久しく同じメガネを使い、遠近両用コンタクトレンズを使用していた。緊急性がないだけに、つい後回しにしてしまいがちだが、日々の暮らしの質を大きく変えるものでもあり。昨今、読書に集中できないのは、目の問題が一因だと感じ、しっかりとした読書用眼鏡(老眼鏡)も注文した。

    ボディケア……といえば、かつてはスパやビューティーサロンに通っていたが、最近はすっかりUrban Company (旧Urban Clap)に頼っている。月に数回のフルボディマッサージ、そして数カ月に一度のペディキュア。といっても、エナメルは塗らず、お手入れをしてもらうのが目的。昔はよく塗っていたが、このごろは爪が痛みやすいので「素」が基本。

    マッサージの際には、ベッドをはじめ、使用するオイルや使い捨てのシーツ、下着類など必要なものはすべて持参してくれる。ネイルケアにしても然り。ゆえにこちらは何を準備する必要もないが、わたしは自分の好みのオイル(アーユルヴェーダ)を準備している。

    Urban Companyの創業はつい数年前だ……と思いきや、調べてみれば2014年。もう10年も経っていたとは! マッサージにフェイシャル、ネイルケア、ヘアカットにメイクアップなどのサーヴィスをはじめ、家電の修理、部屋の掃除、ペンキ塗り、ペストコントロール(害虫駆除)など、多彩なサーヴィスを展開している。

    インドでは、親戚や友人知人はもちろんのこと、使用人、業者、各種修理人……と、他者を自宅に「気軽に招き入れる」のが一般的。そんな社会的背景だからこそ伸び代のあるビジネスモデル。サーヴィス開始以来、瞬く間に事業は拡大していた。

    もちろん、高級ホテルのスパなどで、雰囲気を楽しみつつトリートメントを受けるのもいいものだが、自宅に来てもらえるのは時間の大幅な節約にもなるし、よりリラックスできる。廉価なのも魅力だ。1枚目の写真は、ペディキュア・スパを受けているところ。とっ散らかって見苦しい写真で失礼。このように、必要な道具を一式、持参で来てくれるのだ。ちなみに2枚目の写真は別の日に撮影したもの。エステティシャンらのクオリティも概ね高く、安心して任せられる。

    ところでパンデミック時代に数多くの動画を作ったが、インドの美容についても語っている。また、インド系Youtuberの眞代さんとのコラボレーション『教えて! みほ先輩!』シリーズでも、インドの自然派コスメや美容関係について、語っていたことを先日思い出した。久々に見ると、商品の栄枯盛衰が顕著で、すでにお勧めできないプロダクツもあるのだが、非常に面白い(自分で言う)のでご覧いただければと思う。

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    ◉インド自然派メイクアップ・コスメ(2020年7月撮影動画)坂田の雑なメイク実演。日本のMiMCのコスメも愛用。オーガニックなハーブ使用のヘアカラー

    ◉インドには高品質オーガニック・スキンケア製品が沢山!?インドの美容とスキンケアについて「教えて!みほ先輩!」

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    昨日は夫と共に、NURAでの健康診断の結果を携えて、アーユルヴェーダ診療所へ赴いた。アーユルヴェーダとは、5,000年以上の歴史を持つインドの伝統医学。サンスクリット語のアーユス(生命、長寿)とヴェーダ(科学、知恵)がその語源だ。人間を精神面、肉体面からホリスティック(総合的)に捉えつつ、健康的な状態に導く。ここカルナータカ州のお隣、ケララ州がアーユルヴェーダ発祥地で、無数の診療所や関連施設がある。バンガロールにも、大規模な病院や滞在型の施設、診療所などが多々ある。

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    わたしは約15年前に、視察旅行でケララにある診療施設を数カ所訪れた。当時は、欧米、特にドイツ語圏からの患者を受け入れているところが多く、アーユルヴェーダと歯科治療がパッケージになったメディカルツーリズムのシステムも構築されていた。数カ月から半年と、長期に亘って滞在する患者も多い。西洋医学では完治できない疾患や後遺症(精神疾患含む)に苦しむ患者を受け入れ、母国の主治医とオンラインでカルテを共有しつつ、治療を施す様子に感嘆したものだ。

    我々夫婦は、2009年の終わりから10年以上に亘り、毎年年末年始に、バンガロール郊外のホワイトフィールドにあるAyurvedagramという療養リゾートに約1週間滞在、心身のデトックスをして新年を迎えてきた。アーユルヴェーダは、専門医による問診、脈診、触診により、個々人の体質を見極めてもらう。オイルマッサージや生活習慣、食習慣の改善、生薬の処方などにより、健全な心身状態へと導かれる。わたしの『インドでの食生活と健康管理』のセミナーでも、冒頭で詳しく言及している。

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    わたしは中学時代にバスケットボールで腰痛を発症して以来、久しく悩まされてきた。20代、30代と悪化の一途をたどり、米国在住時は整体、カイロプラクティック、鍼灸などさまざま試した。しかし決め手となる治療法には辿り着けず、年に数回、ぎっくり腰のような状態になった。40代に突入後、将来を懸念しつつのインドに移住。しかし、バンガロールに暮らし始めた直後にアーユルヴェーダのオイルマッサージを受け始めてから、わずか半年程度で、痛みに苛まれることがなくなった。

    しかし去年の後半から、更年期や老化に伴う、異なる原因による腰痛が再発している。デスクワークも不調の一因だ。現在は、カルシウムやヴィタミンDを意識的に摂取し、軽い筋トレも始めるなどして改善を試みている。

    わたしの母もまた、アーユルヴェーダの恩恵を受けたひとり。2010年夏、膝を痛め、日本のドクターからは、手術以外の治療法はないと言われ、ヒアルロン酸による応急処置を受けていた。母から手術をするとの旨、電話で聞いたとき、まずはアーユルヴェーダの治療を受けてから考えて欲しいと伝えた。バンガロール空港に降り立ったときの母は、杖をつき、歩き方も覚束なかった。しかし、約1カ月足らずの生薬による治療で完治。杖なしで歩けるようになった。その後、2014年に来訪した際に数週間のトリートメントを受けたきり。10年が経過し、85歳になる現在も自力で歩けている。

    食生活にしても然り。わたしはインドに移住して以来、極力、素材を丸ごと食する、すなわち「ホールフード(whole food)」を調理して食べてきた。野菜はなるたけオーガニックのものを。調味料はシンプルに、素材の味を生かす。

    母の滞在中には、母にもそのような食生活を勧めてきた。幕内秀夫著の『粗食のすすめ』も読んでもらった。コスメティクスなども、インドの自然派プロダクツを送るなどして、かなりインド化している。また食材は、過去20年近く、福岡の産地直送の有機野菜を扱う宅配サーヴィスを利用している。そのおかげか、85歳になる今も、「薬を1錠も飲むことなく」一人で生活している。もちろん、視覚や聴覚に衰え、物忘れはあれど、それは誰もが直面する老化であり、特筆すべき問題ではない。

    家族以外の友人知人たちも、アーユルヴェーダに救われた人たちは数多くいる。ありがたいことだ。

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    この写真は、診療所の一隅に祀られていたアーユルヴェーダ(ヒンドゥー医学の神様)であるダンヴァンタリ (Dhanvantari)。ヴィシュヌ神の化身でもある。

    過去15年に亘ってわたしたちの心身を診てくれているドクターが、アーユルヴェーダグラムを辞めて、故郷のケララに拠点を移されたことで、わたしたちの年中行事も途絶してしまった。ドクターは1カ月に1、2回、この診療所にいらっしゃることから、約2年ぶりにドクターからの診察を受けることにしたのだった。

    NURAの検査結果を見てもらいながら、さまざまな提言を受ける。ドクターは決してアロパシー(西洋医学/対症医学)を否定するわけではなく、症状に応じて両方の選択肢を提言してくれるところが、個人的に気に入っている点でもある。パンデミック以降、ここ数年はデトックスをする機会がなかった。今年の後半は時間を作って、ケララ州の療養所へ赴き、久しぶりに全身をリフレッシュしようと決めた。

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    診察を終えたあと、お気に入りのCINNAMONを訪れ、中庭のカフェでランチ。わたしが先日のモールで食したパスタとほぼ同じものを、夫が注文。昔から、食の嗜好が似通っているのだ。食事のあと、ブティックですてきなシャツを見つけた夫はショッピング。さて、来週は海を越えて、未踏の国へ旅に出る。そろそろ準備を始めなければ。

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    昨日は、ミューズ・クリエイションのメンバーと共に、またしてもショッピング・モールへ。わたしのコーディネーションでモールを探検することになっていたのだ。参加者は、学生3名、駐在員夫人5名、女子(10歳&5歳)、わたしの計11名。ちょうどいい人数だ。
    目的地は、昨年終盤に開業したバンガロール最大のショッピング・モール「Phoenix Mall of Asia」。わたしは、開業の直後に一度訪れたきり。当初は半分程度の店舗しかオープンしていなかったが、現在は高級ブランドのフロアを除き、大半が稼働している。ショッピング・モールにありがちなフードコートだけでなく、独立店舗の飲食店が充実していることでも評判だ。

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    異国で買い物をするに際しては、ブランドや商品の知識がないと、何を選んでよいかわからないケースが多々ある。生鮮食品の品目にさえも、予備知識の有無によって食卓の豊かさが変化する。まずはスーパーマーケットを巡った後にランチ休憩、その後、モール内の店舗を巡ることにした。

    ツアーを開始する前に、約10分ほどインドの消費市場の変遷を説明。買い物に関心があるという10歳の女子にもなるたけわかるように、歴史を含め、概略を説明する。

    ①1947年のインド・パキスタン分離独立以来の社会主義的政策と商品の傾向
    ②1991年の市場開放、自由経済による外資の流入(ソビエト連邦の崩壊と資本主義世界への移行)
    ③IT都市としての、2000年ごろからの急速なバンガロールの都市化
    ④2005年ごろから増え始めたショッピングモールとその構成の変遷
    ⑤「インドならでは」の価値観が反映されたブランド、人気商品の傾向

    ……と、要約すると堅苦しい印象だが😅 このあたりをわかりやすく説明した後、スーパーマーケットの探検開始。午前中とあって、祝日ながらも人は少なく、広々とした店内をゆっくりと巡る。みなさんからの質問に答えつつ、わたしのお勧めの商品などもあれこれと紹介。気づけばあっというまに2時間が経過。そこからイタリアン・レストランでランチ。わたしはマッシュルームとクリームのフェットチーネを(クリーム&塩分控えめで)注文したのだが、パスタも味付けも、想像以上においしかった。

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    店舗巡りは、フロアごとに攻めていく流れに。ファッション、コスメティクス、ジュエリー……と、あらゆるジャンルの店が並ぶ中、特筆すべき店のバックグラウンドや特徴を次々に紹介、お勧めのブランドは店内に入り、商品など具体的に説明する。今回は、途中で自由解散としていたので、子どもたちは早い段階で離脱かな……と思いきや、10歳のお嬢さんが好奇心旺盛で、スーパーマーケットでもコスメティクスのショップでも、なかなかに的確なコメントを発していた。大人もさることながら、子どもたちが偏見なく審美眼を養っている様子を見るのは、非常にうれしいものだ。

    ちなみに5歳のお嬢さんは、男子学生の一人をロックオン💘。ほぼ「初デート」状態で、楽しそうだった。11時集合で、気づけば5時近く。解散後も、自分の買い物などをして、すっかり長居をしてしまった。もう一人のインターン大学生も、購買意欲に火がついたとのことで、8時ごろまでモールで過ごしたという。みな、とても有意義な時間を過ごせたと思う。

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    我々夫婦がバンガロールに移住直後の2005年11月時点。大型ショッピングモールといえば、2004年創業のForum Mall (現Nexus Mall)とBangalore Central、2005年創業のGaruda Mallの3箇所だけだった。消費市場が大きく変化を遂げ始めた当時から10年ほどは、日本の広告代理店やメーカー、リサーチ会社などからの依頼による、バンガロールはじめ、各都市の視察コーディネーションや市場調査の仕事が多かった。

    また、1991年の市場開放以降のインドのトレンド年表を作成するという一大プロジェクトに関わり、相当な時間とエネルギーを投じて情報収集をし、膨大な資料を作成した。ゆえに、移住後の20年間はもちろんのこと、それ以前の情報を把握していることから、いつでも過去の事例を引き出すことができる。今となってはそれら過去の仕事の経験が、すべて宝となっている。

    しかしながら……。残念なことに、日本企業の多くは、視察やリサーチに時間や予算を投入しないのが一般的。さらには止むを得ないことかもしれぬが、「現在のトレンド」だけを追いがちだ。そこには大きな落とし穴がある。

    インドに限ったことではないが、「点(現在)」ではなく「線(歴史/過程)」を見なければ、多くを見誤る。社会的な背景や、文化、習慣を知ろうとしなければ、同じ場所にたとえ100回足を運んでも、インドに何年住んでも、本質を見抜けない。わたしとて、約20年住んでなお、情報の更新や軌道修正はフレキシブルに行っている。昨今ではもう、トレンドを追うことすら不可能なほどに「新しさ」が怒涛のように押し寄せる日々だ。ともあれ、持ち得る自分の知識や経験値を今後ももっと活かしたい、足腰が元気なうちは、視察コーディネーションの仕事も積極的に継続しようとの思いを新たにした一日でもあった。

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    ところで、店舗の看板に併記されているカンナダ語についても、背景となる物語がある。かつてYoutuber眞代さんとのコラボレーション動画で語ったので、シェアしたい。

    ◉インドが世界一の英語大国へ?インドの驚きの言語事情!「教えて!みほ先輩!」

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    昨日は、夫の買い物に付き合って、ホワイトフィールド近くにあるショッピング・モール「Phoenix Marketcity」を訪れた。パンデミック以前は、年に一度のニューヨークで夫の衣類を買うのが定番だった。しかし、2019年を最後に、米国を訪れていない。もちろん、折に触れて何かしらは買っていたが最低限。ちょうどいいサイズのズボンを購入するのが一番のミッションである。ズボンの類は試着して、丈を切るなど手間がかかるゆえ、時間に余裕があるときに……ということで、昨日、二人して出かけたのだった。

    モールに2時ごろ到着し、ランチを食べた後、あれこれと店舗を巡り、途中コーヒー休憩を挟んで、さらにあちこちを巡り、帰るころには日が暮れて8時! 都合6時間もモールにいたことになる。愕然とする。夫との買い物。それは忍耐力と根気強さを試される時間。いろいろと書きたいエピソードが山ほどあるのだが、自動翻訳機能に勝手に「誤訳」されると不都合なので、大幅に割愛。

    過去20年に亘っての、インドにおける消費傾向の変遷に思いを巡らせ、その劇的な変化に感じ入る。滅多に買い物に出かけない夫の、20年前から止まったままの「消費者物価指数」を強制的にアップデートしつつ。テキスタイルの品質も変化し、かつてなかった新素材もあれこれと誕生している。とめどない。

    ともあれ、この日のミッションはとりあえず完了。疲労困憊。ほんと、お疲れ様でした。自分。

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