不易流行 〜インドのファッション&ビューティ〜

FASHION & BEAUTY in INDIA/インドの多様性を映す民族衣装サリー情報をはじめ、昨今のファッションやジュエリー、コスメティクスのトレンドをご紹介。

✈︎ 過去ブログ/2005〜2025

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    🌱10月2日のガンディー生誕日を皮切りに、ナヴラトリ (Navaratri)、ダセラ(Dussehra)、そして、月末はヒンドゥー教のお正月、ディワリ(Diwali)……。今月に入って、インドのお祭りムードは加速している。世間は祝祭やらイヴェントやら集いやら旅やら、なんだかんだで賑々しい。かくいうわたしも、9月は催しの企画や参加が続いた。その間にも、稀有な出来事がいくつかあり、それを書き残しておきたいところだ。

    わたしは、世間からは「忙しそうですね」と言われがちだが、それは出来事を綴り公開しているからそう見えるのだと思う。誰もの日常、綴ればそこに物語が生まれる。朝、目覚めてカーテンを開ける。朝食、そして出勤途中の情景。会社での出来事。ランチタイムに思うこと……。自分を取り巻く時間を慈しめば、日々はより豊かになる。それをして「忙しい」という言葉を使わずにいたい。きれいごと、上等。

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    🌱わたしはネット上に、自分をして「忙しい」という日本語を、綴ったことはない。心を亡くすほどの状況になりたくないからだ。常にスケジュール帳の余白を作り、休息することを心がけている。夜は毎晩、少なくとも7時間は寝る。猫らとも遊ぶ。ときどき昼寝もする。それでも、ついつい立て込んで、疲労が抜けないこともある。そんなときは、とにかく、よく食べ、早く寝る。睡眠が大事。

    どんなに元気を保っているつもりでも、気づけば身体は着実に老化している。わたしの魂を運んでくれる大切な乗り物としての身体。神様に授かった唯一無二の、わたしの乗り物。不出来や不具合に文句を言うのではなく、きちんとメンテナンスして、大切に乗らないと……。というわけで、ついつい手入れを怠りがちな自分を戒めるためにも、こうして書いておく。

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    🌱さて、ここ数カ月は、毎朝起き抜けのベッドの上で、10分間の瞑想をしている。なかやまきんに君の楽な筋トレ10分間も、サボる日もあるが続けている。こつこつと、自分らしい速度で暮らすことが大切。一時期は、ネット上で得たい情報を1.25倍速とか1.5倍速で見たり聞いたりしていたが、これはやめた。倍速はよくない。そうまでしてまで詰め込んで、それが果たして自分自身の身になっているのか。食事と一緒で、自分の許容量を超えた速度で取り込んでも、うまく消化吸収できない。このことについては、あらためて書きたい。

    🌱わたしにとっては、毎朝、スケジュールノートを見つめて計画を考えたり、To Doリストを書いたり、こうして思いを綴ることが、心を調える復習であり、瞑想のひとつになっている。朝っぱらから、こうしてくどくど書いているのは、このことで混沌の脳内を整理する効果もあるからだろう。

    月曜から約1週間、旅に出る。そして今月末から今度は4週間近く一時帰国。そして気づけば師走が来るのだ。正直なところ、「うひゃ〜!」っと叫ばずにはいられない。どういうこと? もう2024年が終わる? というのが本音だが、焦ったところでいいことはない。今、やるべきことの優先順位を見つめつつ、今日と明日は自分の時間をしっかりと取って、旅の準備をいたしましょう。

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    ✋昨日は、新居を訪れて旅の前の片付けなどをしたあと、旧居への帰路、ちょうど通り道に位置するA Hundred Handsの会場へ再び、赴いた。FounderのMalaに会い(グレイのサリーを着ている女性)、友人たちと言葉を交わし、ケララの伝統的なMural絵画のアーティストから、小さな白い蓮の花の作品を買った。ジャングルの大きな絵に惹かれたが、これはすでに売約済みとのこと。ケララの自然や動物たちが描かれていて、とてもかわいらしい。

    Sustainable Suzでは、旅に便利なジャケットも購入。これは後日、実際に着た時に写真を撮ろうと思う。ちなみに、わたしが店頭で着ているバティック柄のシルクのトップ。とても気に入ったのだが、首周りがちょっと開き過ぎていて落ち着かない。同じマテリアルが入手できたら、別のデザインを作ってくれるとのことなので、今回は保留。写真を見返すに、本当にすてきな色合いと模様。伝統的な天然素材のテキスタイルを用いて、ファッショナブルな衣類を生み出すSusanの世界は、とてもポップで魅力的なのだ。

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    ✋他にも紹介したい店などは多々あるが、この辺にしておこう。

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    🎎まるで日本のひな祭りを思わせる人形の祭り「Navratri Golu」(2022/10/01)

    🎎日本のひな祭りにそっくりな、南インドのお祭り「Navratri Golu」(2021/10/14)

    【✋A HUNDRED HANDS/比較的新しめの、過去の記録】

    ◉インド手工芸のバザールにミューズ・クリエイションも参加①(2019)

    ◉インド手工芸のバザールにミューズ・クリエイションも参加②(2019)

    ◉手工芸品のバザールにて着物を展示。書道と折り紙ワークショップも(2024)

    ◉ファッションスクールのイヴェントで、遂にはファッションモデル・デビュー?!😂(2024)

    ◉アッサム州の伝統的なサリーを纏い、テキスタイルに滲む家族の系譜を思う。(2024)

    ◉インド各地の洗練された手工芸品が一堂に。COVID-19禍の職人たちを支援して実現したバザール動画(2021)

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    🌸昨日、ミューズ・クリエイションMuse Creation (NGO)は、インド各地からの手工芸が一堂に会するA Hundred Handsのバザールにて、書道と折り紙のワークショップを開催した。2月に続いて、今年は2度目の参加だ。2月は、ファッションスクールで開催されたこともあり、書道と折り紙のワークショップ以外に「着物や帯の展示」もさせてもらい、好評を博した。個人的には「モデル・デビュー」も果たせた😸思い出深い体験だった。

    A Hundred Handsの創業者であるMalaは、かつて広告業界でブランド戦略などのビジネスに携わっていた。あるとき、農村で女性たちが生産する手工芸の販売促進を手伝ったのを機に、ブランディングの重要性を認識。インド各地の伝統的な手工芸の支援復活と、職人や小規模事業者のブランド作りを支援することを目的に、2010年、非営利団体であるA Hundred Handsを創設した。

    以来、バンガロールでは年に1、2回、バザールが開催されている。デリー拠点のDASTKARと並び、開催期間中には、わたしは必ず立ち寄っている。なじみの店、新しい店が混在し、温故知新、不易流行、古き良きものと新しきものの変化も見られて、楽しい。我が家を彩る絵画や小物類の多くは、こうしたバザールで購入してきた。

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    🌸今回も、Malaから声をかけられ、ステージ横のいい場所を提供してもらった。2012年からパンデミックに突入する前の2020年までの8年間は、毎週金曜日、拙宅を開放してSTUDIO MUSEとし、十数名から数十名のメンバーが集い、折り紙や布製品を作ったり、歌や踊りの練習をするなど、互いの交流があった。しかし、ロックダウンでSTUDIO MUSEは必然的に強制終了。以降は、オンラインその他を通して不定期でイヴェントを実施している。

    去年9月、インターンの学生が入ったのを機に、WhatsApp(日本のLINEのようなもの)でのコミュニティを設置し、そこからイヴェントごとにグループを作って参加者を募っている。今はこの方法が最も活動しやすいと思う一方、今後の在り方について、検討中だ。ここでは、ほとんどわたしの情報提供や声かけがメインとなっており、相互のやりとりが稀。実際にみなと顔を合わせていたときとは、状況が全く違う。

    以前ならば、事前の打ち合わせや準備などもSTUDIO MUSEでできたが、今は希望者とはWhatsAppでやりとりをしたあとに現地集合だ。1年間の経験を踏まえ、今後の在り方を見直す時期にきている。ともあれ、昨日は、幸いにも10名が参加してくれた。うち2名は初めてお会いする。短冊や折り紙の準備などをしつつ、言葉を交わし合うひとときもまた楽しい。

    💝昨日は、出店時間を11時から3時までと設定していたが、2時過ぎに大雨が降り始めたこともあり、来客が増え始めたころに撤退せねばならなかった。それでも、一人一人のゲストが、じっくりと折り紙を折ったり、書道の練習を「驚くほど」熱心にしてくれたのが印象的だった。たとえば来客が非常に多いJAPAN HABBA(日本祭り)では、メンバーが書く短冊が飛ぶように売れるのだが、今回は「自分で書きたい」という人が多かった。

    まずは、ゲストに書きたい文字を尋ね、それを日本語にして手本を書く。そして、手をとって、書き方を教える。どんなに練習しても思い通りに書けないことが悔しい女の子もいれば、書道が初めてとは思えない筆運びで書き上げる人もいる。紙の余白いっぱいに練習する人もいれば、一旦書いたらすぐ捨てる人もいる。いろいろと、面白い。

    ところで「龍」の文字。なかなかにうまく書けたな……と思いつつ、今、見返したら……間違っている! どこが間違っているか、お気づきだろうか。辰年だというのに、間違えてごめん🐉

    ☔️前述の通り、途中で豪雨に見舞われて、雨宿りなどしつつ時を過ごし、雨が止んで会場を一巡。買い物をする時間がなく、写真だけでも載せておく。今回、アートの出展も充実している。すでに新居、旧居ともに、壁を彩る絵画が十分にあるのだが、毎度、欲しいなと思うものに出合う。おすすめのお店情報なども、あれこれとシェアしたいところだが……割愛。

    💝今回の売上はすべて、ニューアーク・ミッションへの寄付としたく、支払いは直接、同団体宛にお願いした。ニューアーク・ミッションについては、その後もあらためて訪問、支援のネットワークが確実に広がっている。こちらも、進捗を報告したいところだが……。月曜からの旅を控え、諸々優先すべきこともあり。今日のところは、これにて。

    ……と言いながら、来月の一時帰国時のお土産なども調達すべく、本日の夕方も、バザールに立ち寄る予定😸

    【✋A HUNDRED HANDS/比較的新しめの、過去の記録】

    ◉インド手工芸のバザールにミューズ・クリエイションも参加①(2019)

    ◉インド手工芸のバザールにミューズ・クリエイションも参加②(2019)

    ◉インド各地の洗練された手工芸品が一堂に。COVID-19禍の職人たちを支援して実現したバザール動画(2021)

    ◉手工芸品のバザールにて着物を展示。書道と折り紙ワークショップも(2024)

    ◉ファッションスクールのイヴェントで、遂にはファッションモデル・デビュー?!😂(2024)

    ◉アッサム州の伝統的なサリーを纏い、テキスタイルに滲む家族の系譜を思う。(2024)

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    先週後半は、諸々立て込んでいたので、日曜日は家で静かに過ごす予定だった。しかし、布の展示会の写真を眺めているうちに、「もっと、じっくり見たい……」という気持ちが高まってきた。展示会の様子を捉えた写真は、すでに何枚もアップロードしている。ゆっくり巡ったかのように思われそうだが、ざっと回っただけで、じっくり吟味していなかった。

    実は開会式には、我が夫も来てくれていた。しかし彼も、ランチのあとは、すぐに帰宅。そもそも、彼は布に関心があるわけではないので、それはそれでいいのだが、せっかくの日曜日だし、一緒に行く? と誘ってみた。久しぶりのデートという設定で、出かけることに。

    会場は、初日と少し異なるレイアウトで展示しているブースも多々あり、前面に出されている商品構成も異なっていることから、新鮮な印象だ。

    アッサム織りは、やはりいずれも美しい。欲しいと思うサリーもある。しかし、欲しいと思うものを思うがままに買っていたのではきりがない。「もんのすごく気に入った」と思うもの以外は買うまいと決めている。特にサリーに関しては。

    だからいつも、「もんのすごく気に入った」と思えるものに出合いたいような、出合っては困るような、サリーとわたしは、そういう間柄なのである。そしてこの日。……出合ってしまった。

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    【VASTRABHARANA 布の展示会 01】の1枚目で紹介したSourav。彼の写真を最初に載せたのは、もちろん彼がハンサムな青年だったからということもあるが😸、彼の手掛ける作品がとてもすばらしかったからだ。

    ハイダデラバード拠点でSOURAV DASというブランドを展開する彼。この日はお母様とご一緒だった。といっても、ご家族の家業が織物職人だというわけではないという。彼自身が、インドの伝統的なテキスタイルを学び、自分自身で考案した精緻で洗練されたデザインを、バラナシ織りなどで紡ぎ出している。

    たとえば、彼が両手に持っていた2枚の作品は、ムスリム(イスラム教)の建築物に使われるモチーフを、布に託したとのことだった。ゆえに、個性に満ちている。他にも、渋みのある金色の布は、ターメリックとインディゴを混ぜ合わせて染めた……と話していた。

    さて、日曜日。会場を巡り眺めつつ、彼の売り場に目をやった瞬間、先日は目に入らなかった1枚のサリーに目が釘付けになった。

    ……す、すてき!

    滑らかな黒いシルクに、金糸で織られた見事な紋様。これは宝相華ではあるまいか。話を聞けば、まさにその通りである。

    2020年。世界がパンデミック時代に突入した際、ミューズ・クリエイションは、新たなテーマを掲げてオンライン・イヴェントを開催した。そのときのモチーフとなったのが、まさに宝相華である。詳細は写真を添付しているので、ご覧いただきたい。

    今年の4月に訪れたエジプト。そこからインド、中国を経て、日本へ辿り着いた宝相華。このモチーフに心をひかれずにいられようか。いや、いられない。

    なにしろ、その織りが精緻で見入る。夫からの賛同も得たことから購入した。今年のディワリはこのサリーだ。うれしい。早速、テイラーにブラウスを作ってもらうべく、アポイントメントを入れた。

    ところでSouravは、わたしが初日に展示していた着物や帯にも強い関心を示していて、ぜひコラボレーションをしましょうと提案してくれた。どんな形になるかわからぬが、好みが一致していることは間違いない。近い将来、実現させたい。

    夫もまた、伝統的なチカンカリ刺繍のクルタを購入した。こちらは、この日、採寸を済ませたので、縫製後、自宅まで配送してもらう手配をすませた。

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    買い物のあとは、カニンガム・ロードのHatworks boulevardにあるレストラン、Trippy Goat Cafeへ。2005年にバンガロールへ移住した当初、わたしたちはカニンガム・ロード沿いのアパートメントに住んでいて、彼のオフィスは、このHatworks boulevardのすぐ隣だった。2人でここを訪れるのは、何年ぶりだろう。いや、十数年ぶりではなかろうか。

    19年前。当時のことを思い出すと、胸が締め付けられるような懐かしさが心を満たす。古いバンガロー(平屋一戸建ての邸宅)を改築して作られたこのブティック群は、わたしたちが移住した直後に完成した。以来、いくつものレストランや店舗が、生まれては消え、生まれては消えた。

    Trippy Goat Cafeは、わたしは何度か来たことがあるが、夫は初めて。料理はとてもおいしくて、雰囲気もいい。帰り際、建物の中に入ってみると、新しい家具店ができていた。これもまた、すてきなブランド。栄枯盛衰著しいバンガロール。ほんの数時間、街に出ただけでも、新しい発見が次々と。
    ……いい日曜日だった。

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    ランチを終えたあと、会場を巡るも、女性たちの熱気と布の麗しさに圧倒されて、脳内が混沌。せっかくの機会だ。1枚くらいは買いたいと思うが、絞り込むだけの集中力がなく、昨日はジュエリーを購入するにとどめた。

    買う買わないは別にして、もう一度、最終日までに再訪しようと思う。

    1枚目の写真。アッサム織りの一任者だという彼女の、サリー姿が粋で見惚れる。他にも顔見知りのヴェンダーが出店されていて……一つ一つの手法、技法についてもキャプションを添えつつ説明したいところだが、時間切れ。

    これからドライヴァーの娘の結婚式に参加すべく、サリーを着てお出かけだ。しからば、これにて御免!

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    昨日の夜、我が家の運転手であるアンソニーの娘アリスの結婚披露宴に出席すべく、パーティ会場へと赴いた。彼らはクリスチャンにつき、結婚式は昼間、教会で執り行っている。インドの結婚式のスタイルについては、諸々言及したいことがたくさんあるが、今日のところは長くなるので割愛。

    披露宴のゲストは数百人と聞いていたが、なんと1000名を軽く超えていた模様。想像以上に大規模な会場だ。ゲストは、新郎新婦と写真撮影をしたあと、食事……という流れである。日本の結婚式のような「式次第」はない。三々五々感が半端ない。

    今は亡き彼らの長男アンソンも、きっと会場にて、アリスの晴れ姿を見守ってくれていたことだろう。

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    インドにおける運転手や使用人(メイド)と、雇用主との関係性は、一言では表現できない。お互いが、持ちつ持たれつ。どんなにインドライフの利便性が高まっても、「人間同士のやりとり」が重要なインド社会にあって、使用人皆無のライフは困難だ。

    もっとも我が家は、現在バンガロールで二拠点生活中。新居のコミュニティが未だ工事中につき、基本的にはウイークエンド・ハウス状態。ゆえに新居はメイドを雇っていないので、わたしがひとりで「エクササイズを兼ねて」家事全般をやっている。これは極めて特殊な例である。

    旧居には月曜から土曜まで、毎日数時間、メイドに来てもらい、掃除や洗濯を任せている。料理はわたしが自分でやる。庭師には、週に一度、来てもらっている。今のところは、それで暮らしが成り立っている。

    他人とはいえ、我々の生活空間を自由に行き来する彼らとの関わりは、決して浅いとは言い難い。特に運転手は、車内という閉鎖された空間の中で、雇用主の会話や電話での話を耳にする。

    同じ駐車場にて居合わせた運転手同士が雑談に花を咲かせるのは珍しいことではない。家庭内のいざこざなども、運転手ネットワークを通して、たちまち世間に拡散される。ゆえに、望まれるのは運転の技術だけではない。我が家のように、車だけでなく、家の鍵を託し、留守中の家の管理や猫らの餌やりなども託している運転手に対しては、信頼関係の構築が重要だ。

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    インド移住後の数年間、我が家は運転手を雇うたびに、看過できないトラブルに見舞われ、交代交代の連続だった。しかし2011年の終わり、アンソニーが来てからは、そのストレスフルなドラマに終止符が打たれた。彼は、友人夫妻が久しく雇用しており(彼らは現在、米国在住)、信頼性についてはお墨付きだった。

    とはいえ、全く問題がなかったかといえば、そういうわけでもない。それなりの波乱はあった。しかし、いずれの軋轢も些細に思える出来事が、彼らの家族にはあった。ゆえに、わたしたちも、彼らに対しては、ある意味、通常以上に心を寄せていたともいえる。

    アンソニーには、妻との間に、2人の息子と、1人の娘がいた。過去形なのは、彼らの長男が7年前に、不慮の水難事故で他界したからだ。わたしたち夫婦は、アンソニーに給与や保険などを補償するほか、子どもたちの教育支援も続けてきた。あらゆる点で、他人事ではなかった。

    その後しばらくは、本当に、タフだった。どんなに時間が流れても、痛みが消えることはないということも、重々理解しつつ、歳月を重ねた。やがて娘がエステティシャンとしてビューティーパーラーで働き始め、次男は大学に進学……。いろいろなことがあった。

    アリスの結婚に際しても、ここ数年は父親であるアンソニーが伴侶探しに奔走。インドでは、親が結婚相手を探すという家庭が今なお多数だ。恋愛結婚が増えたとはいえ、見合い結婚が主流である。このあたりの結婚事情については、過去に記録を残しているので、ここでは割愛。

    婚約式や結婚式にかかる費用その他についても、我々夫婦とアンソニーとの間で、諸々あり、どうするべきか、頭を抱えた。何が正解か……などということはわからない。自分たちの選択が正解だと信じて、未来を見つめる。

    アンソニーは、結婚式の前後1週間ずつ、都合2週間、休暇を取っている。娘の結婚式のために、長期休暇を取る父。一般常識の一般というものがない国において。自分たちなりのスタンダードを育むべし。いずれにしても、アンソニーは大いに肩の荷が降りたであろうし、わたしたちもまた、喜ばしく思うと同時に、ほっとしている。

    2人のスタートラインを、心から祝福したい。

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    ところで、昨夜着用したのは、おなじみMRINALINIのサリー。これを最初に着用したのは、新居のプジャーの日。ハレの日用のサリーと化している。プジャーには、ご近所さんでもあるYashoとHari夫婦が来てくれた。後半の写真はそのときのもの。家に火が燃え移るんじゃないかっていうくらいの迫力の焚き火。Yashoからは、引越しのプジャーに関するあれこれを教わって、とても勉強になった。

    💝彼らの笑顔が胸に沁み入る。勤続13年の運転手アンソニーの長女、アリスの「婚約式」に参席。

    🙏2017年11月9日。敬虔なクリスチャン一家。巡礼の旅先でドライヴァーの息子が非業の最期。

    🏡結婚式を思い出す。炎に祈り、煙で清めるPooja(プージャー/儀礼)

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    昨日は、無事に開会式でのトーク&着物の展示を完遂できた。好天に恵まれ、訪れる人々の艶やかなサリーが、青空に、緑に映える。このような場では、サリーを愛好する人たちのファッションを眺めるだけでも、目の保養だ。

    さて、前日の準備、当日の設営……といずれも体力勝負の2日間だった。予想に違わず、混沌の段取りではあったが、ミューズ・クリエイションの関係者3名がサポートしてくださり、とても助かった。まるで示し合わせたかのように、「着物」「浴衣」そして「着物のリメイク」という異なる和装で参加していただけたので、違いをリアルに説明でき、聴衆の方々にも関心を持ってもらえた。

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    開会式の主賓は、南インド映画の女優/監督はじめ、多彩な肩書きと数々の受賞歴を持つRevathi。白いサリーを着用されている女性だ。この催しの主催団体であるカルナータカカルナータカ工芸評議会の役員ら、そしてRevathiのスピーチのあと、わたしのトークで開会式が締め括られた。

    貴重な15分に、大切なエッセンスを封じ込めるべく、まずはセンテンスごとに日本語で文章を作成。それを日進月歩な翻訳ソフト(Deepl)で英訳しつつ、修正を加える。おおよそ15分で収まる程度のワード数(2000ワード弱)に調整した後、実際に読んでみて、超過時間を確認。文章を削りつつ、発音しにくい単語を、発音しやすい単語に入れ替えつつ、何度か音読する。ひたすら、読みやすい平易な文章にする。

    歌もそうだが、とにかく出だしが肝心。最初が速やかに読めれば、あとは流れやすい。このような練習を日々やっていれば、英語力が向上するのにな……と思うが、こういう機会がないとやる気が起こらないのが残念なところ。入念な準備の甲斐あって、多くの方々からお褒めの言葉をいただいた。せっかくなので、文章をシェアする。簡単な単語が多いので、読みやすいかと思う。

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    本来は、開会式のあとにも、数時間は着物や帯を展示してゲストに見ていただくはずだったのだが、ステージ(というか、台)は、すぐさま他の展示が始まって、それどころではなく。すぐに撤収せねばならなかったのが残念だった。幸い、日本の方々に着物や帯を畳むのを手伝ってもらえて助かったが、マネキンガールズやポールの解体で、汗だくだ。途中で服に着替えて、たちまち肉体労働者に戻る。ひと汗かいたあと、ランチをとって、会場を巡る。

    とにもかくにも、麗しき布の海! 布の写真は次の投稿に譲るとして、ここでは購入したジュエリーを載せておきたい。

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    布以外に、2店舗、とても素敵なジュエリーブランドが出店していた。Flames of the Forestは、天然石をモチーフにしたシルヴァージュエリーを販売。かようなジュエリーは、インドではとても一般的だが、洗練されたデザインというのは、なかなか見つからないものだ。Flames of the Forestはデザイナー自らが積極的に接客。それぞれの石とデザインにストーリーがあり、魅力的である。わたしは、カーネリアンとジャスパーのイヤリングを買った。鮮やかなオレンジと、曇天の砂漠の地平線みたいな石の模様が気に入った。

    MOHAは、インドの神様ほか、縁起良さげなモチーフをデザインしたジュエリーを展示。わたしはサラスワティという女神(日本の弁財天の起源)が好きなのだが、今回、このモチーフが、サラスワティのシンボルだと知り、うれしくなって購入した。シルヴァーにゴールドをコーティングしたものなので、お値段も手頃だ。
    この展示会は、10月1日まで開催につき、ご都合の合う方はぜひ。サリーだけでなく、マテリアル(単なる布)も販売されている。ちなみに会場はアートスクールの「奥の方」のビルディング地下。手前の庭でも他のバザールが開催されているのでお間違えのないよう。

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    The threads that connect India and Japan

    The inauguration of Vastrabharana, the flagship event of the Crafts Council of Karnataka.

    27th September 2024, Miho Sakata Malhan

    Good morning, everyone. I am Miho Sakata Malhan. I am from Fukuoka, in south-west Japan. In my twenties, I worked as an editor and writer for overseas travel guidebooks in Tokyo. I had a keen interest in international travel and culture. On the other hand, I did not pay much attention to Japanese traditions, history and culture. I spoke very little English as a young adult, as was common in Japan. I decided to study English in the US for a year. I went to New York in 1996. A few months later, I met an Indian man, who would become my husband. That is why I am here now. After living in the US for about 10 years, we moved to Bangalore at the end of 2005.

    The first time I wore a saree, was for my own wedding in Delhi, my husband’s hometown, in 2001. Since then, I have been fascinated by Indian textiles. On each trip to India, I visited saree shops and exhibitions. In Delhi, Mysore, Mumbai, Chennai, Kolkata, Jaipur, Kochi, Aurangabad and Srinagar… it was great fun to see the unique techniques and designs of sarees in each of these places. Reflecting the traditional craftsmanship of different regions, sarees symbolize India’s deep history, vast landmass, and diversity.

    I actively bought sarees during my first few years living in India. Orissa Ikat, Patola Ikat, Bandhani, Varanasi Silk, Parsi Gara, Chikankari, Bhandani, Kutch, Kashmiri, Kantha embroidery, Ajrakh Print, Mysore Silk, Dhaka Muslin, Kalamkari……. Each saree is very dear to me. In fact, I sometimes felt a bit uncomfortable at parties hosted by my Indian friends as I was often the only one wearing a saree. I decided to create opportunities for my friends to wear sarees. Since I founded the NGO, Muse Creation in 2012, I have been giving talks every few months on Indian sarees and textiles to Japanese people living in Bangalore. I have also led Japanese women to visit saree shops and exhibitions. I organised lunch meetings in sarees. It was great fun to see more than ten Japanese women gather in their sarees.

    I may appear to be an expert in kimonos, but I am actually not. I am still a beginner. I admit I can’t tie the kimono’s obi belt well, without another’s help. For the past 20 years, I have been more familiar with sarees. I only owned two casual cotton kimonos, called yukata, worn in the summer season. They are easy to wear, but I wore them only a few times in India. The turning point for me came only a year ago. I had an opportunity to wear a yukata just before I temporarily returned to Japan. On that day, my friends complimented me on my yukata. I planned to buy new yukatas in Japan. But it was the autumn season, and none of the stores were selling yukatas. Then one day, I entered a second-hand kimono store in my hometown of Fukuoka. There were kimonos and obis all neatly lined up in a row. Everything caught my eyes!

    Two years ago, I was appointed a promoter of the Kyoto Yuzen Sarees, an initiative of the Government / Crafts Council of Kyoto. At that time, I did some research on kimonos, but it was the first time I had looked carefully at a lot of kimonos. I realized that the same aesthetic eyes that I had developed in India when choosing sarees, had also been cultivated in me when looking at kimonos. Kyoto Yuzen is a traditional dyeing technique that originated in Kyoto, during the Edo period. The beauty of nature and traditional culture is painted on silk by highly skilled craftsmen, stroke by stroke, with great care. The techniques of tie-dye, ikat, and “Sarasa” the Japanese term for calico, were brought to the far eastern island nation of Japan from India. Many of them were nurtured by the local climate, four seasons, and the temperament of Japan, and became unique works of art. Kimono culture is also closely related to Buddhism, Zen, tea ceremony, flower arrangement and martial arts.

    The heyday of kimono culture in Japan was around 1975, during a period of high economic growth. At that time, the Kimono market was worth 2 trillion yen, but since then it has been in decline, and has now shrunk to only one-ninth! Kimonos and obis are made of natural materials, like pure silk and cotton, reflecting the climate of Japan, and carefully crafted individually by skilled artisans. They are like works of art that do not fade with age. But they are being sold at low prices on auction sites and at recycled stores. If they find new owners, it is better still. A large number of kimonos and obis that have nowhere else to go, are being discarded.

    Have you heard about the TV drama called “Shogun”, which recently won 18 Emmy Awards? The kimonos worn by the actors are of excellent quality.
    Surprisingly, the costume designer is not Japanese. He is Carlos Rosario, a Frenchman of Spanish descent. He borrowed and studied many costumes from Japan, in order to get the design of the kimonos right. He decided on the colours and patterns for the kimonos, taking into account the historical background of the era, and what the attire of each character would have been. You can watch the drama on Disney Plus.

    Returning to the story of my kimono purchase last year, I came back to my mother’s home with heavy shopping bags and showed them to my mother. Then, she said,

    “Actually, there are old Kimonos and Obis in the suitcases in that closet.”

    I had not seen her in a kimono since I was a child. I opened the old suitcases.

    “Oh my god!!”

    The two suitcases were truly treasure chests! Kimonos and obis created with advanced techniques, such as Shibori, Kasuri, and Kyoto-Yuzen, were crammed into the suitcases! Most of them had been kept for half a century, had never been worn, and were in pristine condition. After sending my mother’s kimonos to India, I continued my travels in Japan. In Nagoya, I visited Arimatsu, the home of Shibori. In Tokyo, I visited kimono stores and exhibitions. I learned a lot through conversations with people involved in the kimono industry.

    In India too, the number of women wearing sarees has been decreasing, due to the popularity of Western fashion. On the other hand, there is a movement to respect traditional handicrafts and pass them on to the next generation. Many of my close friends in India are very interested in Japanese traditional culture. I strongly wanted my friends to see my collection. I held a comparative exhibition of kimonos and sarees as soon as I returned from Japan. Kimonos were displayed side by side with sarees, made with the same techniques. I wanted to visually express the connection between Japan and India.

    Let me talk about my personal favourites, Shibori and Kasuri. As you know, Shibori is a cloth-making technique known as “Tie & Dye” in English, and “Bandhani” in India. The history of this technique dates back to the ancient Indus Valley civilization. The dyeing technique originated in India and came to Japan via the Silk Road around the 7th century. In the Nara period (8th century) various techniques were born in Japan.

    It is said that the Shibori technique developed in Japan, was brought to India by Rabindranath Tagore. He was a close friend of Kakuzo Okakura and visited Japan many times. Tagore had a strong passion for the revival of traditional handicrafts.

    I bought this book (on art in Ajanta) in 2011, right after my trip to Ajanta and Ellora. Look at the dancer’s costume! Her Bandhani top is similar to my mother’s Shibori kimono. The artwork was painted over 1500 years ago.

    In fact, my hometown, Fukuoka, was once a major producer of Shibori and Kasuri fabrics. Today, indigo-dyed cotton Kasuri is still produced, but Shibori has declined. These are pictures of my grandmother. They clearly capture the cotton Kasuri kimonos that my grandmother and her friends wore daily more than 100 years ago. It was my grandmother who influenced my mother to buy a kimono, even though my mother preferred Western-style clothing. My mother probably bought these because she could not refuse her mother-in-law!

    Finally, let me talk about the relationship between Japan and India in the modern era. Japan opened its doors to the world in 1868, after more than 200 years of isolation during the Edo period. This was the beginning of the Meiji era. During the Meiji era, industrialization was promoted. During this period, industrial exchange between Japan and India began. In 1889, A Japanese delegation visited India to research the Indian cotton industry. At this time, Indian cotton accounted for 49% of total domestic demand in Japan. In 1893, Jamshedji Tata visited Japan and met with Eiichi Shibusawa in Tokyo. It was a historic meeting between the “Father of Indian Industry” and the “Father of Japanese Capitalism”.

    The main purpose of the meeting was to establish a regular shipping route between Japan and India. At the time, India was one of the world’s leading cotton-producing countries, but the Indian export routes were monopolized by European shipping lines, which charged high freight rates. Shortly after Tata visited Japan, the Nippon Yusen Line opened up the Bombay-Kobe route and direct trade between India and Japan was initiated.

    When I was doing my research, I found an article in the Times of India, written in 2015. In 1898, Jamshedji Tata established a ‘silk farm’ at Basavanagudi, in southern Bangalore. A visit to Japan in 1893, impressed him with the scientific development of sericulture there. From Japan, Tata hired a Japanese couple as sericulture experts to run the Basavanagudi silk farm. The article suggests that a Japanese couple contributed to the revival of Mysore Silk.

    I have been away from Japan for 28 years. As I got older, I gradually started to learn about the beauty of my own country. I am honored to have the occasion to forge ties between my motherland, Japan, and my second motherland, India.

    Thank you!

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    昨日の午後、マネキン・ガールズ4名と会場入り。IKEAの巨大な青いバッグが役に立つ。パッと見、物騒。着物や帯、スタンドその他を搬入してセッティング。写真で見る限り、爽やかな情景だが、結構な混沌であった。

    重くて嵩張る大量の布が、次から次へと会場に搬入される。往来激しい通路にて、ガールズに着物を着せるのにも四苦八苦。額に汗を滲ませつつ、2時間ほどかけて、すべての準備が完了し、会場内を下見する。

    疲れが吹き飛ぶ、麗しき布の海!!

    インド各地の職人たちが手がけた、精緻な手織り布の数々……。もう、サリーを買ってはいけない。まだ着ていないサリーもあるのだ。しかし、欲しくなるものが次々に目に飛び込んできて、いけない。どうしよう。

    とりあえず、15分間のトークの準備は整えた。うまくいきますように! 10時30分ごろから、語ります。ご都合の合う方は、ご来訪ください。催しは10月1日まで開催されているので、バンガロールにいらっしゃる方は、期間中、立ち寄られることをお勧めします!

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    22日、日曜日の午後も、展示販売会を実施! 日本とインドの麗しき伝統工芸。文化、宗教、交易の歴史を映すテキスタイル世界の片鱗を。

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    美しい布に囲まれて、それを愛でる人たちと時間を共有できて、とても幸せな1日だった。今日、どうしても都合がつかない友人たちがいたので、日曜日の午後にもオープンすることにした。もしも来訪をご希望の方がいらっしゃれば、DMください。

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    着物のすばらしさに目覚めたのは、1年足らず前のこと。まだまだ学びの過程だが、短い間にも、さまざまな着物に触れ、書籍を取り寄せて調べ、少しずつ、造詣を深めている。

    展示会やトークも何度か実施、そのたびに、資料を紐解いて、新たな世界を発見している。

    今回の展示会を共に実施しているYashoは、たまたま先週、友人たちと日本旅をして帰ってきたばかり。彼女は羽織や帯を購入したいということだったので、リユースの呉服店を紹介。審美眼のある彼女は、すばらしい帯を購入してきた。

    引き箔の、螺鈿帯。

    日本語なのに、意味がわからない人が多数ではなかろうか。わたしは辛うじて「螺鈿」は知っていたが、引き箔という技術を詳しく知らなかった。

    引き箔とは、西陣織の技術のひとつ。和紙の表面に金や銀の「箔(ハク)」を貼り、それらをごく細く糸のように裁断したもので織る、織物のこと。

    螺鈿帯とは、この金銀の箔ではなく、貝殻の内側の輝く部分を丁寧に剥離し、柔軟になめして和紙に貼り、糸状に裁断して帯に織り込んだもの。

    もう、わけがわからない情熱、いや情念がそこにはある。Yashoもわたしも、このあたりの探究心が強いので、昨日はサリーの展示準備をしながらも、ロンドンのV&A(ヴィクトリア&アルバート博物館)制作の動画などに見入るなど、諸々の情報交換に余念がない。

    V&Aは、個人的に好きなミュージアムで、ロンドンに行くたびに訪れている。しかし、引き箔の帯が展示されていることは、知らなかった。いや、目にしていたとしても、注意を払っていなかっただろう。当時のわたしは、そこに見入る目を持っていなかった。

    Yashoは、昨年末に拙宅で実施した「着物とサリーの比較展示会」にも来てくれており、着物のことにも詳しくなっているので、ゲストに日本の伝統的な手工芸のすばらしさを熱く語ってくれた。

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    Mrinaliniのサリーの麗しさもまた、特筆すべき。すでに記したが、彼女はCOVID-19パンデミック時代に、困窮する職人たちを支援すべく、ブランドを立ち上げて販売している。有名なサリーブランドで販売されているのと同じ職人が手がけた同じ作品(商品)をかなり割安で提供している。

    多くの日本の人たちに、このテキスタイルの美しさを知ってほしく、当初は日本人向けにこの展示会を企画したのだが、残念なことに、参加希望者が少なかった。ミューズ・クリエイションのメンバーがサポートに来てくださったほかは2名のみ。それはそれで、時間を縫ってみなさんとランチを食べたり、おしゃべりしたりと、濃密に良い時間だった。

    たとえ数名でも、伝統的な布の魅力に、触れ、関心を持っていただけたことは、とてもうれしい。
    着物とサリー、日本とインドのテキスタイルについて、語りたいこと、伝えたいことが多すぎる。書けば書くほど長くなり、読む人は少ないのも自覚している。伝えることは、難しい。特に、早送りの情報に溢れた昨今の世界にあっては。

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    これは、インド移住当初から伝えていることなのだが、物議を醸すかもしれないことを覚悟のうえで、記しておく。日本の方々には、ポリエステルなど化学繊維のサリーではなく、絹や綿、麻、あるいは絹と綿の混紡など、天然素材のサリーを買って欲しい。決して高くはない。1万ルピー前後でも、パーティに着ていける上質なものはたくさんある。

    異邦人の我々が、ポリエステルのサリーを着て、なんちゃってインドのジュエリーをジャラジャラと付けてインド人の結婚式や儀礼に出かけるのは、外国人が、日本の土産物屋で買ったペラペラの着物を着て、チープなかんざしを挿すなどして日本人の結婚式に出かけるのと同じようなものなのだ。

    手持ちのシンプルなイヤリングやネックレスなどをうまく活用して、サリーに合わせたほうが、品よくまとまることもある……ということを、お伝えしたい。

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    今日は、FICCI FLOのバンガロール支部が主催するアートの展示会に参加すべく、久しぶりにBIC (バンガロール・インターナショナル・センター)へ赴いた。

    FICCIとは、インド商工会議所連合会のことで、英国統治時代の1927年、インド財閥のG.D.ビルラらによって誕生した。創設に際しては、マハトマ・ガンディーも関わっていたという。ちなみにタタ財閥と並んでインドではよく知られるビルラ財閥は、ガンディーと深い関わりがあった。ガンディーが暗殺されたのも、ビルラ邸の庭だった。

    先日の「からゆきさん」のトークでも言及したが、日本とインドの交流史でも必ず話題に出すムンバイの日本山妙法寺は、日蓮宗の藤井日達上人とガンディーを支援すべく、ビルラ財閥によって建立された。現在も、ムンバイの日本山妙法寺、およびその近くにある日本人墓地は、ビルラ家の支援によって維持されている。

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    FICCIは、中小企業や多国籍企業を含む、官民双方からの会員によって構成されている。本部はニューデリーで、現在、インド国内12州、世界8カ国で活動しているという。

    いくつかの関連組織を擁するが、そのひとつが1983年創設の「FLO」。女性たちの起業家精神や、卓越した専門性を促進を目的にしているとのことで、ここバンガロールを含めインド全土に20の支部を持つ。

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    今回、FICCI FLOバンガロール支部のメンバーによる芸術作品の展示会が開催されるということで訪れた。複数の親しい友人らがメンバーであり、作品を出店している人もいる。

    アーティストJayaの絵画は、これまで幾度となく紹介してきた通り、我々の新居、旧居を穏やかに彩ってくれている。この作品は、先日、我が誕生日を過ごしたナンディ・ヒルズにある寺院を舞台に、未来へ踏み出す女性の後ろ姿が描かれている。

    20日のサリーと着物の展示会に参加してくれることになった「かぎ針編み」のエキスパートであるChanjeevも作品を展示していた。彼女は8歳のころ、伯母の影響で、当時、日本で流行していたかぎ針編みに開眼。日本の「雄鶏社」の本を参考にして、ひたすら編み続け、現在に至るという。

    ところで、今日、わたしが着用しているのは、先週コンラッドホテルで開催されたFLOのファッションバザールで購入したジャイプルのブランドRitu Kediaの上下。7年前にジャイプルへ赴いた時にも、同ブランドのトップを購入した。着心地よく動きやすく、気に入っている。

    昨今のインドは、すてきなファッションブランドが爆発的に増えているので、トレンドに追いつけていないのだが、このようなハンドブロック・プリントなどの「昔ながらの技法」は、やはり魅力的だ。模様違いも欲しくなった。

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    昨日のサンデーブランチ。久々に、シャングリ・ラ・ホテルにある日本料理店Yataiiへと赴いた。日本人シェフが異動されるということで、急遽、茶道の催しが開催される旨、前日にMuse CreationのWhatsApp グループで情報がシェアされのだ。

    今年の3月、拙宅にて茶事を共催したRisaさんからのご案内。ブランチに先駆けて、ロビーでは友人夫妻の子供たちによるピアノ演奏も披露されるという。

    通常、週末は空港近くの新居で過ごしているが、先週末は、幸い街中の旧居にいた。日曜日は、半年ほど前から中途半端のままで終わっている書斎の大掃除をするつもりでいたのだが、大掃除は更に先延ばしにして、出かけることにしたのだった。

    着物や浴衣での参加も歓迎されていたので、早速、一張羅の絞りの浴衣を取り出す。今年6月の東京で購入したもので、とても気に入っている……が、既製品だったので、身幅が狭いのが玉に瑕。さらにはついつい、スタスタと歩いてしまうので、裾がはだけて見苦しくなる。和装選びについても、立ち居振る舞いや所作についても、これから身につけねば。まずは頻度高く着ることから始めよう。

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    シャングリ・ラ・ホテルのロビーフロアは、明るく広々と、開放感があってよい。その一隅にあるラウンジのピアノを、巧みに奏でる少女たち。急に出演が決まったとは思えない堂々たる演奏だ。

    中でも、わたしの大好きな曲『朧月夜』の連弾が、心に沁みた。旋律も歌詞も、本当に美しい。一緒に熱唱したくなる衝動に駆られた。我慢したけど。

    こんなにも短い言葉の中に、日本の春の夕暮れの美しさが、凝縮されている。

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    菜の花畠に、入日薄れ、見わたす山の端、霞ふかし。
    
春風そよふく、空を見れば、夕月かかりて、にほひ淡し。
    里わの火影も、森の色も、田中の小路をたどる人も、
    
蛙のなくねも、かねの音も、さながら霞める 朧月夜。
    (作詞/高野辰之、作曲/岡野貞一)

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    ランチの席では、日ごろはあまりお会いする機会のないミューズ・クリエイションのWhatsAppグループのメンバーやそのご家族、そして当方の発信をご覧になっている初対面の方々にも声をかけていただいて、とても楽しいひとときだった。

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    ところでシャングリ・ラ・ホテルに来るたびに、ロビーのフラワーアレンジメントの前で写真撮影をするのが恒例なのだが、今回は、笑えるほどダイナミックだった。多分、独立記念日に因んでの国鳥クジャクの登場なのかもしれない。もはや、アミューズメントパーク状態だ。

    そして毎度、情景とのコーディネーションが冴えている我。

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    🇯🇵弥生3月。盛夏の南天竺で、日本の春を祝う。インド人の友らを招き、茶懐石、茶道の経験を分かち合うひととき。