THE NEW INDIAN EXPRESS
こちらから記事を読めます⬇︎
Kimono ‘Konnect’
不易流行 〜インドのファッション&ビューティ〜
- AYURVEDA
- インテリア
- サリー SAREE
- サリーでランチ
- サリー/歌い奏で踊る
- サリー以外のインド服
- サルワール・カミーズ
- ショップ情報
- ジュエリー
- スキンケア/コスメティクス
- テイラーメイド
- テキスタイル
- パシュミナ/ストール
- ビューティーサロン/スパ
- ファッション・ショー
- ファッション雑誌
- フィットネス&コンフォートファッション
- フェアトレード
- メンズ・ファッション
- モダン・ファッション
- レンガ・チョリ
- 着物 KIMONO
- 結婚式/パーティ/イヴェント
- 靴/バッグ/小物類
- FMCG
- KIMONO
- KIMONO & SAREE
- KYOTO YUZEN SAREE 京友禅サリー
- ORGANIC / SUSTAINABLE
- Uncategorized
- Wedding / Dehradun & Goa
- 展示会/工芸品展
FASHION & BEAUTY in INDIA/インドの多様性を映す民族衣装サリー情報をはじめ、昨今のファッションやジュエリー、コスメティクスのトレンドをご紹介。
- 2025年5月
- 2025年4月
- 2025年3月
- 2025年2月
- 2025年1月
- 2024年12月
- 2024年11月
- 2024年10月
- 2024年9月
- 2024年8月
- 2024年7月
- 2024年5月
- 2024年4月
- 2024年3月
- 2024年2月
- 2024年1月
- 2023年12月
- 2023年11月
- 2023年10月
- 2023年9月
- 2023年8月
- 2023年7月
- 2023年6月
- 2023年5月
- 2023年4月
- 2023年3月
- 2023年2月
- 2023年1月
- 2022年12月
- 2022年11月
- 2022年10月
- 2022年9月
- 2022年8月
- 2022年7月
- 2022年6月
- 2022年5月
- 2022年4月
- 2022年3月
- 2022年2月
- 2022年1月
- 2021年12月
- 2021年11月
- 2021年10月
- 2021年9月
- 2021年8月
- 2021年7月
- 2021年6月
- 2021年5月
- 2021年3月
- 2021年2月
- 2021年1月
- 2020年12月
- 2020年11月
- 2020年9月
- 2020年8月
- 2020年7月
- 2020年2月
- 2019年12月
- 2019年11月
- 2019年8月
- 2019年7月
- 2019年3月
- 2018年12月
- 2018年5月
- 2017年11月
- 2015年12月
- 2015年8月
- 2015年7月
- 2015年2月
- 2014年8月
- 2014年6月
- 2013年12月
- 2013年10月
- 2013年7月
- 2013年6月
- 2013年2月
- 2012年12月
- 2012年9月
- 2012年6月
- 2011年12月
- 2011年10月
- 2011年9月
- 2011年8月
- 2011年7月
- 2011年6月
- 2011年5月
- 2011年4月
- 2011年3月
- 2011年2月
- 2011年1月
- 2010年12月
- 2010年11月
- 2010年10月
- 2010年9月
- 2010年8月
- 2010年7月
- 2010年6月
- 2010年5月
- 2010年3月
- 2010年2月
- 2010年1月
- 2009年12月
- 2009年11月
- 2009年10月
- 2009年8月
- 2009年7月
- 2009年5月
- 2009年3月
- 2009年2月
- 2009年1月
- 2008年12月
- 2008年11月
- 2008年10月
- 2008年9月
- 2008年8月
- 2008年7月
- 2008年6月
- 2008年4月
- 2008年1月
- 2001年6月
-
先日、2日間に亘って開催した着物とサリーの比較展示会。わたしの予想通り、多くの友人知人に関心を持ってもらえた。日本とインドの、時空を超えたテキスタイルの結びつき。交易の歴史を映す類似の意匠。熟練の技術を持つ「職人」が創る芸術的な「衣」……。それらを直に見て、触れて、堪能できる稀有な展示会である。
当初は2日間だけで終える予定だったが、年の瀬の28日、日本から訪れるインターンの学生たちに向けてセミナーをすることになっている。せっかくなので、彼らにもこの展示を見せようと考えた。さあらば、年末は旅行に行くわけでもなくバンガロールで過ごすので、展示会に来られなかった友人たちに、再度、声をかけて、さらに2日間の展示会を開くことにしたのだった。
今日は5名のゲストがご来訪。友人Kanikaは、昨年の京友禅サリーの展示会に長女と二人で来てくれたが、今回は次女と一緒に来訪。11歳の彼女も、サリーと着物の共通する美に関心を持ってくれた。彼女は折り紙も大好きで、部屋の壁に折り鶴をディスプレイしているという。
ところで絞り染めの羽織と、久留米絣の羽織を羽織って、記念撮影。先日も記したが、羽織はサリーの上に着るのにぴったりの上着だ。南インドではさほど寒くはならないが、北インドは冬になると冷え込む。サリーの上にパシュミナを巻いたり、カーディガンを着たりする人が多数だが、この羽織、サリーの意匠とも調和して、非常によいと思われる。
その後は、女性の勉強会のメンバーである女性が、彼女の友人を2人連れて来てくれた。パールシー(ゾロアスター教徒)だという二人。個人的にわたしが強い関心を持っているコミュニティで、これまでにも幾度となく記して来た。パールシーの友人知人らとは、衣食住全般において、嗜好が非常に似通っており、わたしの前世はパールシーだったのではないかと、常々思っている。
パールシー刺繍のサリーや、Ashdeenの刺繍のすばらしさなど、衣類の話に止まらず、パールシー料理の本なども引っ張り出して来て、月光ライブラリのなかにも話題が尽きない。多くの人に見てもらいたい一方で、こうしてゆっくりと眺めてもらい、お茶とお菓子をお出しして、語り合うもまた、稀有なひととき。
ところで今日、わたしが着たのは、やはり半世紀前の母の着物。躾糸がついたままの新品だ。加賀友禅の着物と、京友禅の帯。少し渋い色合いなので、帯揚げと帯締めの色を明るめにしてみた。このコーディネーションがまた、楽しい。去年、京友禅サリーのプロモータをお引き受けしたときには、まさか自分がこんな展示会を開くことになろうとは思わなかった。
この帯は羽織(これも新品で躾糸が付いている)もセットになっている。手描きの精緻な絵柄が、上品で美しい。
着物もまた、渋い中にも麗しき陰影。写真を撮るまで気づかなかったが、ぼかしの部分が、あたかも光の反映、陽だまりのようにも見えて、静かな美しさを湛えている。
インドの友人たちの多くは、着物は簡単に着られるものと思っている。ゆえに、着物の丈の長さを示し、帯の長さを示し、サリーよりもはるかに着用が困難なのだと説明する。みな、一様に驚く。
以前も記したが、着物とサリー。どちらも面積はほぼ同じなのだ。反物は幅が狭いが長いが故。この共通項にもなにかしらの歴史的な関わりがあるのだろうか。関心は尽きず。
さて、明日はどの着物を着ようかな。
-
浴衣は自分で着られるけれど、着物は着付けができなかった。しかし、昨日は、がんばった。友人宅のパーティに招かれたので、人生初、着物で伺うことにした。
着物は、先日の一時帰国時に福岡市天神の「新天町」という繁華街の呉服店で購入した中古。しかしながら、目立つ汚れやシミはない。正絹、総絞りの華やかな着物だ。帯や帯紐、帯揚げなどは、50年ほど「箪笥の肥やし」になっていた母のもの。
博多織であろう帯は、薔薇の花(多分)がモダンな美しさ。先日は前の部分も薔薇を見せたが、昨日は裏返して博多織独特の幾何学的な柄が見えるようにした。調べてみると、博多織は800年近い歴史がある。
たくさんの細い経糸(たていと)を使用し、経糸で柄を浮かせるように綿密に織られる。強く打ち込むため、張りや厚みがあり丈夫。締めたら緩まないということで、古くは重い刀を腰に差す武士の帯として使われたという。
長襦袢を押さえるため、これまた古い博多織の伊達締めを使っているのだが、これは身体にピシッとフィットして、いい感じだ。帯を締め込んだ時に「キュッ」と鳴る、「絹鳴り」とよばれる独特の絹擦れの音に風情が感じられる。
帯揚げは、やはり半世紀、未使用のまま化粧箱に入っていた正絹の絞り。帯締めもやはり未使用の麗しいもの。光沢艶やかな白に金が施されたそれらは、本来は礼装、正装向けらしい。しかし、ここはインド。クリスマス風のコーディネーションとして赤い帯に合わせた。正統ではない着方だろうけれど、合わせるのが楽しい。
先日開催した「着物とサリーの比較展示会」で、友人に着付けをしてもらい、コツを掴んだ……つもりだったが、そうそう簡単に習得できるものではない。
サリーの着付けの方が、何倍も、はるかに、簡単だ。
悪戦苦闘しつつ、なんとか完成! いざ出陣……の前に写真撮影。
写真を撮ってみると、襟抜き(着物の襟を後ろに引く)が浅過ぎて、うなじを美しく見せられていないとか、裾合わせが甘くて、広がって見えるなど、改善点が多々発見される。つい数カ月前までは、そのあたり、まったくわからなかったのに、関心を持った瞬間から審美眼が養われていくのは興味深いものだ。
着物だけでなく、襦袢や半衿、帯板、帯枕などの小物類もすべて50年ほど前のもので、使い勝手が悪い。半衿に入れる衿芯がふにゃふにゃとしており、襟元がピシッと決まらない。着物用の下着も含め、次回の一時帰国時には自分にぴったり合うものを探そうと思う。
それにしても、実感する。
着付けも、工事も、人生も、目には見えない「基礎」が大切だということを。
襦袢の襟元をしっかり着付けていないと、着物を羽織ったときにきれいにならない。また、着慣れていないからこそ、着心地も大切。襦袢の素材や品質は、いいものであるに越したことはないと身を以って学ぶ。
銀座の老舗で購入した、そこそこ良質の草履は、履き心地もよく思ったほど疲れない。来年は、色味の異なる草履を購入しようかな……と思い巡らすなど。今後はサリーだけでなく、着物を着る頻度も増やそうと思う。
-
(日本語は下に)
The exhibition was held at my house the other day. On the second day, I wore my mother’s kimono, which was purchased about 50 years ago. It is pure silk and indigo-dyed Shibori (tie-dye). The pattern is very similar to the dancer’s top on the mural in Ajanta.Yesterday, this dancer’s photo was on display at the Saree’s exhibition. I was glad to see that I have the same point of view with them.
*The following text is written in Japanese. The auto-translation is often incorrect and misleading.
先日、拙宅で開催した展示会。2日目に着た母の着物は、約50年前に購入された、正絹に藍染の総絞り。なめらかな肌触りで、本当に着心地がいい。
この絞りのデザインが、今から1400年以上前に描かれたアジャンタの仏教遺跡にある壁画と酷似していることに気づいたとき、わたしは深く感じ入った。
このダンサーは、トップが絞り、ボトムが絣(かすり)の衣装に身を包んでいる。2011年前にアジャンタとエローラを旅した後、この写真集を購入。躍動感あふれる彼女の衣装に、わたしの目は釘付けになったものだ。
昨日のテキスタイル展示会で、このダンサーの壁画と同じ写真が、会場に展示されていた。着眼点が同じであったことを、うれしく思った。
-
昨日は「Red Lilies, Water Birds サリーを巡る9つの物語」と題された展示会へ赴いた。スタッフの説明を受けながら、一枚、一枚、見つめて学ぶ。絣(かすり)、絞り、バラナシ織り……。
そこには、英国人が母国に持ち帰り、英国で機械織りされたサリーもあれば、インド人が中国に渡り、中国の意匠を持ち帰って再現したサリーもある。
マントラが折り込まれた僧侶のためのストールもあれば、自動車や飛行機、蓄音機など、近代の産業が折り込まれた布もある。
このたびわたしが開催している「着物とサリーの比較展示会」は、あくまでも日本とインドをつなぐテキスタイルを取り上げたが、しかし、中継地となる中国の影響についても、言及すべきだとの思いを新たにした。
わたしの好きなパールシー刺繍もまた、かつてムンバイのパールシーの貿易商が中国へ赴き、中国の刺繍を持ち帰ったのが端緒だった。かつて、高品質のシルク製品を製造していたのも中国だ。
大いなる中国の絹があってこその、シルクロード。東西世界の交易……。
哀しき文化大革命により、中国の伝統や芸術の多くが、無惨にも破壊されてしまったが、その名残は他国の中に、形を変えて息づいてもいる。
ただただ、布を媒体に、時空を超えた旅をする午後のひとときだった。しかし、さまざまに奥が深くて消化不良。展示会の魅力が封じ込められた、重厚なる写真集を買った。折に触れて、学びながら、少しずつ消化吸収してゆこう。
🥻The Registry of Sarees
https://theregistryofsarees.com/ -
😻展示会の様子を捉えた数多くの写真をこちらにアップロードしています。どうぞご覧ください。
https://drive.google.com/drive/folders/1xYLaTK6L155KpYQlVbw4Okk3HvOjzyQv?usp=sharing【展示会初日を終えて】
今は、16日土曜日、早朝だ。昨日は無事に展示会の1日目を終えることができた。今、なんとも言えぬ不思議な感慨に包まれている。水曜日と木曜日の2日間、新居に引きこもって、展示会の準備をした。10月の、日本への一時帰国の際に購入した中古の着物や帯。そして、母のクローゼットの中のスーツケースに、無造作にしまわれていた、50年ほど前の着物や帯の数々。
いずれも、ほとんどが、一度も袖を通されることのなかった絹の布だ。
1年前の京友禅サリー展示会のときに使用した「特注」のマネキンガールズ5名に登場してもらう。工房で職人さんに依頼した際「ウエストはふくよかに」とお願いしていたのに、いずれのガールズもメリハリの効いたセクシーボディ。果たして彼女たちに着物は似合うのだろうか?
わたしが着物を着たのは、妹の結婚式でレンタルの振袖を「着せてもらった」のが一度だけ。自分ですら、着物を着たことがないのにもかかわらず、練習にと着付けていく。この、巨大な着せ替え人形遊びが、なかなかに楽しい。
ガールズは長身なので、「お端折り」の必要がなく、そのまま身体に巻き付ける。帯も「留袖」を着た「極道の妻」なムード満点の彼女以外は、敢えて見せるプレゼンテーションでダラリと落とす。まるでサリーのパルーの部分のように。
これはこれで、かなりいい。みなさん、とてもお似合い!
今回は「着物とサリーの比較展示会」ゆえ、日本の絞りとインドの絞り、あるいは日本の絣とインドの絣……という具合に、同じ手法で作られたテキスタイルを並べて展示する。そうしているうちにも、どちらが日本で、どちらがインドなのか、わからなくなる。ひたすらに調和するさまが、喜びをかきたてる。
サリーはもちろん、わたしが選んで買ったものばかりだが、母の着物は、祖母と母が選んだものだ。しかしながら、どれもわたしの好みと一致しており、違和感がないのだ。
インダス文明の時代にインドで生まれたテキスタイルが、日本に流れて、さらには日本から逆輸入され、今、ここで対面している。一人黙々と、絹の海に揺蕩いながら、遙かなる時空の旅をしているような心持ちにさせられる。
さらには、家にある「日本の伝統的なもの」あるいは、わたしの個人的な思い出の写真などを引っ張り出して、展示する。飾り付けながら、ほとんど思い出すことのなかった父方の祖母のことを思い出して、目頭が熱くなった。
若かりしころの母に着物を勧めたのは、祖母だ。ここに展示している着物と帯の7割ほどが、母のクローゼットから発掘したもの。この「日本とインドの文化交流」的な催しは、祖母の導きのようにも思えてならない。
京友禅サリー展示会のときと同様、フラワーアレンジメントは、日本の生け花の免状もお持ちのMeghaaに頼んだ。フォトグラファーのNikhilにも撮影を依頼した。 [準備編-1]の写真は、彼が撮影してくれたもの。
わたしの人生にとっても、一つの節目となるこの展示会。写真も記録もしっかりと、残しておこうと思う。
【展示会終了。すばらしい2日間だった】
21歳のとき、大学祭実行委員長を務めて以来、これまでたくさんのイヴェントに携わってきた。特にミューズ・クリエイションを創設してからは頻繁に。
いずれも思い出深いが、しかし今回の展示会は、規模こそ小さいものの、わたしの人生の節目となる、大切なものとなった。
わずか2カ月前のわたしは、着物に何の関心も持っていなかった。しかしながら、10月の一時帰国の直前から、帰国中のわずか2週間の間、いくつかの偶然が重なった結果、わたしは着物の魅力に強く惹きつけられた。
そして、着物の知識が全くなかったにも関わらず、この「着物とサリーの比較展示会」を開催しようと、旅の途中に決意した。
母国である日本の文化と、終の住処となるインドの文化とを視覚的にまとめあげた展示。テキスタイルにとどまらぬ、我が家にある調度品を引っ張り出して、展示をした。その過程はまた、自らの半生を省み、命運について思いを巡らす、精神的に深みのある時間でもあった。
🇯🇵🇮🇳
今回、この展示会に関心をもってくれそうな友人知人ひとりひとりに、WhatsAppでお誘いのメッセージを送った。その数、約140名。大半の友人知人は関心を示してくれ、しかしホリデーシーズンで不在だったり、先約があったりで、来訪できない方も多数。そんな中、44名ものゲストが立ち寄ってくれ、みなそれぞれに「じっくりと」楽しんでくれたのは、本当にうれしかった。
今回の企画は、ミューズ・クリエイションにおける「日本とインドの文化交流」枠で実施したことから、ミューズ・クリエイションのネットワークに参加されている方に声をかけた。やはり一時帰国の方が多かったものの、お手伝いにかけつけてくれた方々のおかげで、展示会はより、豊かに魅力的なものとなった。
幸いにも、茶道をたしなまれ、ご自身で着物を着付けることができる方々がいらしたのは、本当に幸運だった。着物姿の4人の写真など、まるで『細雪』 by 谷崎潤一郎状態だ。意味がわからない方は「細雪(ささめゆき)」で画像検索されたし!
わたしはといえば、やはりYoutubeで着付けを習得することができず、2日間とも、サポートしてもらった。そのおかげもあって、着付けのコツやポイントが随分、理解できた。
🇯🇵🇮🇳
写真をご覧いただければお分かりのとおり、ゲストの服装と展示物とが調和して、違和感がない。違和感がないどころか、ゲストを含めて全体が、空間を美しく構成しているようにも見える。日本人にとっても、インド人にとっても、自国の伝統文化を見つめ直す良い機会になったことは間違いない。
集った方々が、豊かな時間を過ごされたことには違いなく、このような温もりのある楽しい企画を、これからもさまざまな形で実現したいと思った。
🇯🇵🇮🇳
書きたいことは募るが、今日のところは、取り敢えず、膨大な写真をシェアする。絞り込んでなお、80枚。1回の投稿における、Facebookの最大投稿枚数だ。Instagramは10枚。8分割して投稿しよう。なにしろ記念すべき展示会につき、なるたけ、瞬間瞬間をとどめておきたい。
👘🥻
ところで、どうしても都合の付かなかった友人からどうしても見たいとの依頼を受けたので、展示物は年末まで、片付けずにそのままにしておくことにした。
27日に再び展示会をすることにしたので、ご都合の合う方は、どうぞご連絡ください。
-
火曜日は女性の勉強会のクリスマス・パーティだった。日本人会のクリスマスパーティで着た青地に鶴のサリーと同様、ムンバイ在住時の2009年に購入した、これまたお気に入りの一枚を着用。英国統治時代、中国の刺繍に影響を受けたPARSI(ゾロアスター教徒)の女性たちが生み出した、華やかなサリーだ。
30名ほどのメンバーが、各々、料理を持ち寄ってのポットラック・ランチ。いろいろと綴っておきたいことは募るが、明日と明後日、いよいよ『旅するテキスタイル/着物とサリーの比較展示会』開催につき、絶賛準備中なのだ。
師走の怒涛イヴェントシーズンにもかかわらず、多くのインド友らが関心を示してくれている。本当に、日本、そして日本の伝統文化に関心を持つ人が多いことを実感する。
ミューズ・クリエイションのメンバー有志も手伝ってくれるので心強い。さて! 今夜は帯の結び方の特訓だ!(一夜漬け😅)
🇮🇳🇯🇵 SAREES (2)『ユー・レイズ・ミー・アップ』You Raise Me Up/DIWALI SPECIAL ヒンドゥー教の新年「ディワリ」。
-
日曜日は、バンガロール在留邦人のコミュニティ「バンガロール日本人会」が主催するクリスマスパーティに参加した。去年は欠席したので、パンデミック以前の2019年に参加して以来4年ぶりだ。
2020年3月のロックダウンを機に、多くの日本人が帰国を余儀なくされた。その後、コミュニティは縮小したが、去年あたりから徐々に人数が増え始めている模様。今回は子供たちの参加も多く、若い世代の帯同赴任が増えているようだ。
この日、サークル紹介の時間が設けられていたので、ミューズ・クリエイションも登壇。制限時間3分ちょうどの原稿を用意して、インターンの真樺さんと共に簡単なプレゼンテーションを行った。原稿を下部に添付しておく。
歳月は流れ、都市は変貌を続ける。進出する日系企業の業種も変化し、駐在員やその家族の年齢層や目的意識も変容する。そのときどきの「現状」を見つめて「必要性」を探り、自分ができるビジネス、あるいは社会貢献活動を模索する。しなやかな姿勢で、時勢を眺めたいと改めて思う。
それはそうと、バンガロールでの住まい選びのポイントがわからず、暮らし始めて戸惑っている人が少なくないようだ。数年、更新が滞っているが、『バンガロール・ガイドブック』の情報は、極めて有意義につき、ニューカマー各位は、目を通されることをお勧めする。すでに家を選ばれていたとしても、何かしら今後の参考になるはずだ。電子機器を守るためのスタビライザーなどは今でも必要につき。
『バンガロール・ガイドブック』
https://lit.link/en/bangalore🥻
この日のサリーは、東洋(オリエンタル)を象徴する鶴がモチーフ。着用頻度が最も高いお気に入りだ。2008年、ムンバイに住んでいるときに購入した。当時は高品質なサリーが手頃な値段で入手できたものだ。夕日に鶴のオレンジ色と、月に鶴のブルーの2枚があり、悩んだ末にこちらを選んだ。
今思うと、両方買っておけばよかったなと思う。ちなみにこれは、SATYA PAULというブランド。もうだいぶ前からサリーの販売をやめ、モダンな洋服が主流になっている。[真樺/2分10秒] みなさん、こんにちは。わたしは入江真樺と申します。大学を休学し、今年9月より1年間の予定で、Beyond Next Ventures及びMuse Creationでインターンをしています。わたしからは、これまでの活動をご紹介します。
Muse Creationは、坂田マルハン美穂さんによって11年前に創設された慈善団体です。これまで日本人コミュニティ主体の地域社会への貢献や文化交流を実現してきました。2015年にはNGOとして認可され、所得税法の各種証明書も取得されています。
2012年の創設からパンデミックまでの8年間は、のべ228名、随時40名以上のメンバーが在籍。毎週金曜日を活動日とし、手工芸品作りやダンス、コーラスなどを楽しみました。
その成果は、ジャパン・ハッバやOWCクリスマスバザールといった地域のイヴェントや、ミューズ・クリエイション主催のバザールやコンサートで発揮されました。
メンバーは、数カ月に一度、慈善団体を訪問し、施設見学や、子どもたちと遊ぶなど交流。手工芸品販売で得られた収益は、すべて慈善団体に寄付されてきました。
このほか、日系企業のCSR支援やビジネス勉強会の開催、地元の工場や企業訪問などの社会科見学、子供の教育に関する情報交換、駐在員夫人の社会復帰に関する座談会、ショッピングツアーやサリーを着てのランチ会など、活動内容は多岐にわたります。また、日本人生活者のためのオンライン情報誌『バンガロール・ガイドブック』も制作しています。
2020年3月、ロックダウンにより情報が錯綜する中、Facebookに「COVID-19ポータルサイト」を構築し、信頼性の高い情報を発信。また、Youtubeチャンネルを開設し、さまざまなインド情報を発信し始めました。特に、「インド・ライフスタイルセミナー」の動画は、たいへん勉強になります。ぜひご覧ください。わたしからは、以上です。
[美穂/50秒] みなさん、こんにちは。ミューズ・クリエイション代表の坂田マルハン美穂です。わたしが移住した18年前に比べると、バンガロール生活は格段に便利になりました。しかし、日本とは社会的背景が大きく異なるインドの暮らしは、一筋縄ではいきません。縁あって同じ時期、バンガロールに暮らす日本人同士。インド理解を深めて協力しあい、楽しく有意義なイヴェントを実現し、地域社会にも貢献するという活動を、今後も続けます。
数カ月前に「WhatsAppのコミュニティ」を設置し、情報共有を開始しました。ここを拠点に、自分の希望するグループに参加するフレキシブルな仕組みです。ご興味のある方はお声をおかけください。すでに参加されている方、挙手をお願いできますか。QRコードのシェアをお願いします。以上、ご静聴ありがとうございました。
-
昨夜、OBEROIでの催しを終えた後、わたしたちは、友人Tristhaの結婚披露パーティへ赴いた。尤も、結婚式や披露宴はすでに終えており、今回は、友人たちとのカジュアルなパーティだ。先ほどに引き続き、こちらもガーデンパーティ。
バンガロールでは、モンスーンの時期を除き、ほとんど一年中、こうしてガーデンパーティが催せるのも魅力だ。一年中、衣替えをせず同じような服を着回せるので、クローゼットにもメリハリがなく、歳月の流れを確認しにくい。
ついこの間、買ったばかり……と思っていた服が、実は5、6年前のものだった、などということがよくある。この、The Matrixのキアヌ・リーヴスなロングドレスも、まだ新しい気がしていたが、思えば2018年に購入したものだ。
ところで、この会場でも共通の友人たちが多く、ライヴの大音響の中、グラス片手に声を張り上げながら会話をする。会場で、特にわたしの目が瞬時に捉えたのは、友人Yashoのサリー姿! 今夜のサリーもまた格別にすてき。
なんとこのサリー、彼女の伯母(母親の姉)のもので、約65年〜70年前のものらしい。シンプルながらも存在感のある手刺繍。特に縁のアーチ型の処理が非常にかわいい。最近、こういうデザインのサリーを見かけるので、新しい意匠かと思っていたのだが、古くからあったのだと学んだ。
ちなみにこれは、Chantilly lace と呼ばれるフランスのボビンレースを起源とするようだ。レースのサリーもまた、エレガントで本当にすてきだ。軽くて着心地もよさそうだ。いやはや、一枚布サリーの世界もまた奥が深くて尽きない。
インドでのパーティといえば、毎度おなじみライヴとダンス。もう本当に、みんな元気。つくづく元気。飲んで語ってアペタイザーを食べて、飲んで踊って語って、そして深夜にこってりディナー。もう本当に、タフ。
……などと言いつつ、ABBAの曲が流れ始めると、ついついステージに赴いて、他のゲストらと踊る我。ABBAはもう、ボリウッドソングに並んで、多くのインドの人々が愛する国民的歌謡といえるだろう。
あれはわたしとアルヴィンドが出会った翌年の1997年。同棲をはじめて半年ほど経ったころ、デリーに住んでいた義父のロメイシュが泊まりに来た。今から25年ほども前。まだまだインド世界は封建的で、見合い結婚が主流で、結婚前に同棲するなど基本的に許されることではなかった。
そんなインド事情などこれっぽっちも知らなかったわたしは、非常に寛大かつオープンマインドなパパを「パパ」ではなく、アメリカンに「ロメイシュ」と呼び捨てし、共に過ごした。そのパパが我々のフラットに滞在中、アルヴィンドが持っていたABBAのCDを朝な夕なに聴きまくり、わたしは「どんだけABBAが好きなんだ」と、正直、呆れていた。
さらにはパパは、当時ブロードウェイで上演されていたCHICAGOに夢中になり、滞在中、少なくとも3回は観に行っていたはずだ。あるときは、雨だった。傘を片手にうれしそうに出かけるパパの姿が、思い出されて懐かしい。
インドに暮らしはじめたあるとき。パパの友人(ロイヤルファミリー/マハラジャの末裔)の家に招かれた。そのとき、若きお嫁さんが、自分の義父の前ではサリーを頭から被り、恭しく対応しているのを見て、ほぅ……と感心していた。しかしながら、人のことを感心している場合じゃなかった。
パパがトイレに立った際、ご友人から、「ロメイシュのことを、あなたは、パパと呼んだ方がいいです」と指摘された。それとほぼ同時に、トイレから戻ったパパにこっそりと「ミホ。ここでは僕のことをパパと呼んでくれるかな。もちろん、美穂の本当のお父さんは一人だから、無理をする必要はないけれど……ね」とやさしく声をかけられたのだった。
わたしは本当に、インドのことをこれっぽっちも知らずに結婚し、ただ本能の赴くまま「これからはインドの時代だ」と前のめりで移住したが、徹頭徹尾、無謀で無知だった。こんなわたしを、インド家族や親戚は、本当に寛大に受け入れてくれたものだ。改めてしみじみと、ありがたい。
そうそう、ABBAの話題だった。インドに暮らし始めて、パーティの際になにかとABBAが流れるのを知り、ABBA好きはパパだけじゃなかったんだと知った。そして今となっては、わたしもABBAの曲が流れると血が騒ぎ、ステージに向かい踊らずにはいられないのだ。
◉義父ロメイシュを偲んで。アルバムに滲むインドの歴史。家族の肖像。






































































